◆「保険適用」が待たれる
日本では、昨年2月から、全国200以上の医療機関と15の製薬会社が参加し、遺伝子解析を使ったがん治療を臨床試験する大規模プロジェクトが始まっている。プロジェクトを統括する事業代表者が前出の大津氏だ。
実は、前述した肺がんの女性も、この臨床試験に参加した一人。遺伝子を解析したところ、見つかった遺伝子変異に対応する薬は、肺がんではなく、「甲状腺がん」のための分子標的薬だった。その薬を投与したところ、1か月でがんの縮小が見られた。
同じく臨床試験に参加した48歳の男性は、22歳の時に大腸がんを患って、5回の手術と抗がん剤治療を受けてきた。今年5月に再発した際には、「もう手術は無理」と告げられた。遺伝子解析の結果、彼の遺伝子変異に対応する薬は皮膚がんの一種であるメラノーマの治療薬だった。そして投与から2か月後、なんとがんは43%も縮小したという。
別のがんの治療薬によって“がんが消えた”のである。プレシジョン・メディシンが「がん治療の考え方を根本から変える」とされる理由はそこにある。これまでのがん治療は臓器別の“縦割り”で考えられていたが、最新治療では、どの種類のがんでも遺伝子変異別の“横割り”で治療を考えていくというのである。
現在、プロジェクトは臨床試験の段階のため、限られた患者しか受けられていない。しかし、プレシジョン・メディシンを自由診療で行なっている医療機関がある。その一つが北海道大学病院だ。
「検査費用は解析する遺伝子の数によって約40万~約100万円です。検査期間は2~5週間かかります」(がん遺伝子診断部)
同病院に通う子宮体がんの女性は、乳がんと腎臓がんの薬を使っており、自由診療のために薬代も月90万円に上るという。1日も早い保険適用化が待たれる。前出・大津氏がいう。
「課題は、判明した遺伝子変異の“型”に対応する薬が存在しないケースがあることです。ですが、新薬は次々と開発されている。製薬会社がプロジェクトに参加しているのも、遺伝子解析データを共有することで、新薬開発につなげる狙いがある。国への承認申請が最大の目的なので、おそらく2~3年後には保険適用になり、多くの施設でプレシジョン・メディシンが行なわれようになるでしょう」
がん治療革命が完成すれば、がんは治る病気となりうる。日夜努力する医師たちにかかる期待は大きい。
※週刊ポスト2016年12月9日号