東京の片隅で小さな天ぷら屋さんが店を閉じた。年期を感じさせるシャッターに馴染み客たちの寄せ書きが貼られた。大人力コラムニストの石原壮一郎氏が語る。
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「おじさん、いつも『ワー、キレイな人!』と声をかけてくれて、ウソとわかっててもうれしかったです。ステキなおじさん、待ってます??」
「↑他の女の人にも言ってたんですね(笑) おいしい天ぷらありがとうございました。元気になってください」
店先に貼られた閉店を知らせる貼り紙。そこに、店主へのメッセージがたくさん書き込まれています。ここには長年親しまれた天ぷら屋さんがありました。メッセージを書くスペースが足りなくなって、新しい紙も並べて貼ってあります。
東京・豊島区の都電沿いにある商店街。およそ30年前、私は近くにあった風呂無しトイレ共同のアパートに住んでいました。夕方になるとお客さんがひしめき合うにぎやかな商店街の一角にあったこのお店で、何度か天ぷらを買った記憶があります。安くておいしくて、人のよさそうなおじさんが「いらっしゃい!」と元気に迎えてくれました。
所用があって久しぶりにその商店街を訪れ、多くのお店がマンションに姿を変え人通りも減ってしまった光景に寂しさを覚えていたときに見つけたのが、この貼り紙です。店先で天ぷらを揚げるおじさんの写真。その下の紙にはこう書かれていました。
「写真を勉強していると言ったら、良いの撮れたらちょうだいね、と言ってくれたのに、すみません。これが一番いい写真でした。毎朝通るとき声をかけてくださりうれしかったです。ありがとうございました。○○○アヤ」
ひとつひとつのメッセージを読むと、このお店の天ぷらとおじさんがいかに近所の人たちに愛されていたかが、ひしひしと伝わってきます。
「昭和30年代から昭和40年代までは、てんぷら買うのに夕食時には1時間も待たされました。あの当時が懐かしい」
「えび、キス、あなご、なす、レンコン…みんな大好きでした。ありがとうございました。『お勘定640万円です』が忘れられません。お供より☆」
「天ぷらのおじちゃんへ 小学生の時からいつも前を通ると楽しく話しかけてくれて、嬉しかったです。なんだかとってもさみしいです。早く元気になってください。お大事に」