都会でも地方でも商店街はどんどん活気がなくなり、店主が高齢化し後継者もいなくてたくさんの店が次々になくなっています。このお店の閉店も「よくある話」のひとつであり、貼り紙に惜別のメッセージが書き込まれるのもしばしば見る光景かもしれません。しかし、私たちの心を揺さぶって大切なことを教えてくれるのは、個別の出来事であり目の前の書き込みです。したり顔の一般論や総論ではありません。
見違えるように寂しくなった商店街。どうやら店主が体を壊して店を閉めた天ぷら屋さん。貼り紙に書き込まれた常連客のメッセージは、言葉が持つ力や人間が持ち合わせているあたたかさをあらためて感じさせてくれました。ひとことひとことに、店主を思いやる気持ち、店がなくなった寂しさ、おいしい天ぷらを食べさせてくれたことへの感謝の気持ちが、あふれんばかりに詰まっています。
ここから感じられるお店と客との関係性には、昨今あちこちで目につく「お金を払う客のほうが上」という愚かな思い上がりはまったく感じられません。店主も客もお互いに相手への敬意を忘れない、当たり前の大人な関係、あるべき商売の姿を教えてくれます。また、貼り紙の向こうから、この場所で何十年も毎日天ぷらを揚げ続けた店主の人生が浮かび上がってきて、地道に生きる尊さを思い知らされます。
そして、何より心を打たれたのが、冒頭で紹介した書き込み。おそらく女性客みんなに「ワー、キレイな人!」と声をかけていたおじさん、ウソとわかっていても(ウソじゃないかもしれませんが)うれしい気持ちで受け止めていたおなじみさん。その書き込みに対して「↑他の女の人にも言ってたんですね(笑)」と突っ込むほかのおなじみさん。もちろん、誰にでも言っていたことは百も二百も承知のはずです。
おじさんのユーモアを懐かしみつつのユーモアを込めた突っ込み。おじさんがいなくなった寂しさや、街に幸せを振りまいてくれたおじさんへの想いなど、いろんな気持ちが雄弁に表現されています。ユーモアがいかに大きな力を持っているか、いかに人生を豊かにしてくれるか、そんなことをしみじみと痛感させられました。
「また天ぷら食べさせて下さい!」という書き込みもたくさんあります。しかし、残念ながらその願いはもうかなえられることはありません。近所の商店の方にお話を聞いたところ、秋口にお店を閉めて、それからほどなくおじさんは帰らぬ人になってしまったとか。
「72歳だったから、まだ若いわよね。長く患ってて、何度も店を閉めてたのよ。最後のほうは、顔色も悪くて足元もおぼつかなくて、相当無理してたんじゃないかしら。ほんと、どんどん寂しくなっていくわね……」
東京の商店街の片隅で、一軒の天ぷら屋さんがなくなり、そこを守ってきた店主が人生を終えました。私たちに、今を一生懸命に生きることやユーモアの大切さを教えてくれながら。ご冥福をお祈り申し上げます。ありがとうございました。