東京のタクシーの初乗り料金が値下げした。近距離を乗るときにどこか残る申し訳なさが、値下がりしてさらに増す。「安い客」の作法とはなにか、大人力コラムニストの石原壮一郎氏が伝授する。
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東京23区と武蔵野市、三鷹市のタクシー料金が、1月30日から改定されました。初乗り料金が730円から410円に下がりましたが、距離も2キロから1.052キロと短めに。初乗り以降の料金は、今までが280メートルごとに90円だったのが、237メートルごとに80円となって、割り算するとちょっと値上がりしています。
2キロ未満の短距離は安くなったのは、お年寄りや足が不自由な方にとってはありがたいことでしょう。ただ、そうではない中年の我々にとって、安くなったからより気軽に使えるかというと、そこは微妙なところ。「そのぐらい歩けよ」という意見は極めてごもっともですが、ひとまず置きます。荷物が山ほどあるとかゲリラ豪雨に見舞われたとか1秒を争う状況だとか、タクシーに乗らざるを得ない状況だとしましょう。
世の中には、初乗り料金がいくらだろうと、ぜんぜん気にせず「○○まで」と近くの目的地を言える人もいます。しかし、多くの大人はそうではありません。たいして売り上げに貢献できない「雑魚の客」だという謙虚さを持って、遠慮がちに「近くて申し訳ないんだけど」などと前置きしてから目的地を告げる人が多いのではないでしょうか。
サービス提供者や店よりも客のほうが偉いと勘違いしている威張りんぼさんからは、「どうして客が遠慮しなきゃいけないんだ!」と言われそうです。遠慮がちな態度を取るのは、ひと言でいえば「そのほうがメリットが大きいから」。ただし、遠慮がちな態度と卑屈な態度はぜんぜん違います。卑屈になる必要はまったくありません。
客(しかも少額しか使わない雑魚の客)という立場にすがって大きな顔をする気持ちよさなんて、たかが知れてます。むしろ後ろめたさや恥ずかしさのほうが大きいでしょう。相手の立場や気持ちを尊重して、遠慮がちな態度を取ることで「十分に礼は尽くした」と思えるほうが、より大きな気持ちよさを味わえます。それが大人の貪欲さです。
それと、さすがに最近はそういう運転手さんはめったにいませんが、タクシーに乗って近くの目的地を告げたときに、露骨に舌打ちされたり文句を言われたりした経験がある大人は多いはず。転ばぬ先の杖というか大人のトラウマというか、遠慮がちな態度を取りたくなるのは、そういう悲しい事態を未然に防ぐためでもあります。