もはや現実が不条理劇のようになっている──その状況がより進んでいるのではないかという意味で、別役さんが、注目したのが昨年七月に相模原の障害者施設で起きた大量殺傷事件だった。
自著『「母性」の叛乱 平成犯罪事件簿』の中で、〈犯罪を体感するためには、その現象面にではなく構造に、身を寄り添わせ、そこに身体を連動させるようにして感じとらなければならない〉と別役さんは書く。
19名の入所者が元職員の男に次々と殺されたこの事件について、彼は何を感じ取ったのだろうか。
「パフォーマンスとしての犯罪が、社会の中により定着してしまってきている、という印象を持ちました。
これは今に始まったことではありませんが、人を殺すぞと宣言して犯行に及んだり、あるいは『死んでやるぞ』と言ってみたりというパフォーマンス。人を殺したり、自らの死によって世間に対して何かを言おうとしたりする犯罪に、僕はある種のふしだらさを感じます」
『犯罪症候群』という論考集で、別役さんは〈私は犯罪というものを、共同体が共同体であるために不可欠な病気の一種である、という考えを持っている〉と言う。だが、現代には〈犯罪そのものが病んでいる〉と思える事件が増えており、そのことが犯罪を分かりにくくしている、と。
──相模原の事件は、まさに「病んだ犯罪」だったということですね。
「うん。さらに危険な感じがするのは、そのように病んだ犯罪を、社会全体が事なかれ主義で隠そうとすることです。
犯罪は社会全体が抱えるある種の病根で、犯罪者は社会の抱える矛盾やシステムの本音にそそのかされ、犯行に及ぶことがある。それを防ぐためには、何度も何度もその犯罪の有り様を公表し、社会の中で昇華させ、有効性を失わせていく必要があるのです。
何かがある度に『ここはちょっと静かにしておこう』『これは言わないでおこう』と反応していると、そうした犯罪がわけの分からないモノのままにされ、いつまで経っても昇華されない。それは僕が現実の事件を自分の演劇の中で繰り返し描いてきた理由の一つでもあります」
●べつやく・みのる/1937年、旧満州生まれ。劇作家。1962年「象」が高い評価を受け、1968年「マッチ売りの少女」「赤い鳥の居る風景」で岸田國士戯曲賞。2008年「やってきたゴドー」で鶴屋南北戯曲賞。2008年朝日賞。ほか受賞多数。主な著書に『日々の暮し方』『虫づくし』など。
聞き手■稲泉 連(ノンフィクション作家)、撮影■渡辺利博
※SAPIO2017年3月号