会談終了後「アメリカの政策には干渉しない」というトルドー首相に対し、大統領が見せた握手は、先ほどとは異なっていた。向かい合って椅子に座りながら、今度は手の平を上に向けて、手を差し出したのだ。トランプ大統領の態度が軟化したのか?
トルドー首相はその手を一瞬、じっと見つめた。「どういう意味だ? 何を企んでいる?」といった感じだが、次の瞬間、差し出された手に、上からかぶせるように手を置き、握り合った。トランプ大統領にとっては、自分の手の平が上を向く服従的な握手になるのだが…。
「お手をどうぞ」とばかりに差し出された手。ダンスなら自分がエスコートする立場、つまり自分がリードしている側であることも示している。悪いとらえ方をすれば、手なずけた犬に「お手」を要求しているようでもある。
手の平を上にして差し出すという仕草は、トランプ大統領の場合、相手の警戒心をとき、自分がリードする立場であることをアピールするだけでなく、ある意味、相手を手なずけているという意識の表れかもしれない。
現にこの形で握手すれば、手を乗せた方は力を入れることができず、安倍首相の長い握手のように相手のなすがままになってしまう。最高裁判事に任命されたゴーサッチ氏が、思い切り手を引っ張られていたのもこの握手だ。自らの力や権力を世間に見せつけたい時に、効果的な握手なのだ。
またトランプ大統領は握手をする際、相手によって手の甲をタップする。メイ首相とは、歩きながらつないだ手をタップしていたし、エクソンモービルの元CEOティラーソン国務長官の任命の際も、握った手をタップしていた。
タップするのは親近感や信頼、共にうまくやっていこう気持ちの表れだろう。しかもそこにあるのは、相手を「味方」「子分」と見なす感覚ではないだろうか。
トランプ大統領が普通の握手をしないのか、といえばそうではない。対等な握手を見せた会見もある。「狂犬」マティス氏を国防長官に任命するため呼び出した時。そして2国家共存にこだわらないと発言し物議を醸した、イスラエルのネタニヤフ首相との共同記者会見だ。どちらの時も、トランプ大統領は手の平をわずかに上に向けて手を差し出し、そのまま握手を交わした。そんな対等な握手からは、主導権を握ろうとか、コントロールしようという意識は見られなかった。
だが、ネタニヤフ首相の時は、優位性を誇示したいという気持ちが少々あったようだ。握手する瞬間、大統領は差し出した手の肘をわずかに引いている。そのため首相が1歩、大統領に近づく形になったのだ。自分が動かず、相手を動かす。何気ないことだが、映像を見ている人間の印象が変わる重要な駆け引きだ。
さて、ロシアのプーチン大統領、中国の習国家主席をはじめ、オーストラリアやメキシコとの首脳会談はいつになるのだろうか? これからも、トランプ大統領の握手に注目していきたい。