安倍政権の内部では、2月の日米首脳会談をきっかけに静かな「権力の交代」が起きた──。「影の総理」と呼ばれた菅義偉・官房長官にかわって政権内で存在感を増しているのが“犬猿の間柄”の麻生太郎・副総理だ。
本来、政府の省庁間の政策調整は官房長官の所掌で、それが官房長官の権力基盤につながっている。
だが、首脳会談で麻生副総理とペンス副大統領をトップに自動車、農業、金融など広い分野で日米交渉の枠組みをつくることが決まり、それまで菅氏の後塵を拝する“名ばかり副総理”だった麻生氏が名実ともに菅氏の上に立って各省の利害調整の実権を握ることになった。
「麻生大臣と菅長官は昨年の消費増税見送り問題とダブル選挙の方針で対立し、参院選でも麻生大臣が菅長官の地元・神奈川に無所属候補を立てると、菅長官は麻生大臣の地元・福岡に乗り込んで公明党候補を応援するなど熾烈なバトルを演じた。
しかし、総理が日米交渉を麻生大臣に仕切らせることで、勝負はあった。霞が関では菅詣でから麻生詣でへのシフトが起きている」(財務官僚)
麻生氏の攻勢はそれだけではない。自民党では麻生派を台風の目に派閥再編が進んでおり、麻生派は甘利グループ5人を入会させて45人に勢力を拡大、さらに岸田派(45人)、谷垣グループ(他派との重複加盟を除いた中核メンバー10人)、山東派(11人)と合流して100人規模の保守本流の伝統派閥を再興する「大宏池会」の話し合いに入った。ジャーナリストの藤本順一氏が語る。
「かつての自民党はタカ派の総理が支持を失えば、党内からリベラル派の総理を担ぐという疑似政権交代で長期政権を維持した。麻生氏の狙いはその仕組みの再現にある。
党内を安倍首相の出身派閥の細田派(97人)と大宏池会(約100人)の2大派閥に再編し、それぞれの派閥を率いる安倍首相と麻生さんがキングメーカーとなって交互に総理・総裁を出す。そうなれば、自前の勢力を持たない無派閥の菅さんは立ち枯れるしかなくなる」
それを象徴する場面があった。昨年末、安倍首相が菅氏立ち会いの下で麻生氏と会談し、その場で「甘利氏を麻生派に入れてやってほしい」と頼んだのだ。甘利氏は同じ神奈川選出議員4人を連れて、麻生派に合流した。
無派閥の自民党中堅議員は菅氏に同情的な言い方をする。
「その結果、菅さんのお膝元の神奈川県連選出の自民党国会議員20人のうち、11人を菅氏と敵対する麻生派で占めることになった。菅氏は自分の目の前で総理と麻生さんから地元に楔を打ち込まれたわけで、腸が煮えくりかえっているのではないか」
派閥解消論者で自前のグループを作ろうとしない菅氏のスタンスを、安倍首相と麻生氏が逆手に取ったわけである。
※週刊ポスト2017年3月10日号