「噺家になる時点で、歪んだ自己顕示欲があったんでしょう。その頃、落語は全然ブームではなかったし、ひとりで喋って笑わせるという、日の当たらない職業に就こうと思うところが古くさい。でも、それを面白く感じたということが、僕のひねているところです」
師匠の教えは、一之輔にとって心地よいものだった。
「師匠は『ひたすら稽古しなさい』としか言わなかった。掃除をする時間があれば稽古に当てなさい、映画や歌舞伎を見る時間に使いなさい、と。それが僕には合っていた。理不尽なことを言われなかったのが幸せでした」
そんな環境の中、一之輔はまさに「天与の才」をもって一気に駆け上がっていく。入門から3年半で二ツ目に昇進し、2010年には文化庁芸術祭新人賞を受賞。その2年後には、真打ちの座まで上りつめるのだ。
一之輔が求め続けてきたのは、身体から発する言葉だ。
「テクニックよりは気持ちで喋るほうが伝わると思う。言葉に気持ちが乗っているか、乗っていないか。ちゃんと腹から自分の言葉を出せているかが一番大きいと思う」
●しゅんぷうてい・いちのすけ/1978年、千葉県生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、5月に春風亭一朝に入門。7月に「朝左久」として前座になる。2004年に二ツ目に昇進し「一之輔」と改名。2012年に21人抜きの大抜擢で真打昇進。2012年、2013年連続で国立演芸場花形演芸大賞の大賞受賞。年間850回ほど高座に上り、ヨーロッパ各国を巡る落語ツアーを行なうなど積極的に活動。『SUNDAY FLICKERS』(JFN系全国ネットFM、日曜6時~)、『たまむすび』内コーナー『一之輔の、マクラだけ話します』(TBSラジオ、第4水曜15時~)に出演中。1年間を記録したフォトブック『春風亭一之輔の、いちのいちのいち』(小学館刊)が発売中。同書と同名の写真展は、カフェアートレストラン『SUNDAY』(東京・池尻)で5月13日まで開催中。
撮影■キッチンミノル、取材・文■一志治夫
※週刊ポスト2017年4月21日号