当時カナさんは、マンションの更新を半年後に控えていた。ケンジさんに伝えると、「そのタイミングで、一緒に住まないか」と。心から待っていた言葉に、満面の笑みでこたえた。

 だが、マンション選びを始めると、少しずつ2人のズレがあらわになってきたのである。

◆「だめだよ、予約してないとクーポン使えないから」

 ある土曜日の夕方、その日は早めに食事をとって、夜、カナさんの部屋で、2人でゆっくりお気に入りのDVDを観る予定だった。

「私が夜ご飯をつくろうと思って一緒に買い物に出たんですが、お腹がすいてたのもあって、ちょっと面倒になったんです。だから、今日はどこかお店に入っちゃわない? って言ったんですよ」

 すると即座に反対された。「だめだよ、予約してないとクーポン使えないから」と。

「えっ、クーポン??」

 カナさんの目に、これまでとは違ったケンジさんが映った。

 グルメサイトには、事前に予約をしておくと割引がされるおトクなクーポンがついている店が多数掲載されている。予約なしでも使えるクーポンもあるのだが、予約をしたほうが、よりおトクになるクーポンが多いのだとケンジさんは言う。きっとこれまでケンジさんは、予約してくれていたすべての店でクーポンを使っていたのだろうと、このときカナさんは初めて気づいた。

「ドン引きでした。なんて細かいヤツなんだ! と。クーポンを使うこと自体はイヤじゃないんですよ。でもクーポンなしでは食べに行かないなんて……。まあ、彼が堅実な人だってことはわかってたし、そこがいいと私自身も思っていたはずなんですが」

 カナさんの中で、少しずつ、黒いものがわきあがってきた。ひとことでいえばそれは、お金をめぐる価値観の違い、なのかもしれない。食事にいくらかけるかだけではなく、いつ、どのようなタイミングで、どういう気分で食べるのかを含めて、カナさんとケンジさんは、求めるものが違っていたようだ。

「ふらりとお店に入るとか、たまには思い切り贅沢するとか、そういうノリがないのが、前から気になってはいたんです。きちんと予約して、そこそこのお店に行きたいだけじゃないでしょう? いい大人なんだし、せっかっく頑張って働いてるんですから」

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