事件の闇を詳しく探った書に大野芳『伊藤博文暗殺事件』(新潮社、2003)がある。そこでも言及されている上垣外憲一『暗殺・伊藤博文』(ちくま新書、2000)、後の研究書である伊藤之雄『伊藤博文をめぐる日韓関係』(ミネルヴァ書房、2011)などを読むと、ケネディ事件以上の暗黒が背後にあるようだ。巧妙に仕組まれた謀略らしい。

 まず、事件の状況そのものがかなり不可解である。ハルピン駅頭で伊藤博文に近づいてきた安重根はピストルで伊藤を撃った。周囲にいた人たちは数発の銃声を聞いている。事件の記録や解剖の所見などによれば、伊藤の体内から三発の銃弾が見つかっている。そのうち一発は拳銃弾ではなく小銃弾であり、体内への射入角が上方からのものである。安以外の協力者がいた可能性がある。

 次に、伊藤博文の韓国観である。伊藤は日韓併合消極論者だった。もともと朝鮮民族の自立自治の能力を信頼しており、国際情勢を考慮して韓国を保護領化するにとどめるべきだと考えていた。ところが、伊藤暗殺によって併合の勢いは一気に進み、翌年には日韓併合となった。安重根の行動は逆効果だった。しかも、安重根義士説が定着した以上、真犯人追及はできなくなり、永遠に真相は葬られる。大野芳は、軍部強硬派と右翼勢力が背後にあると推測している。

●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』など多数。

※週刊ポスト2017年11月24日号

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