日々の食事は活力の源であり、喜びであり、肥満のもと。しかし、高齢の親世代には、“生きること”そのものだ。父や友人を看取った経験から「食支援」を取材する出版プロデューサーの下平貴子さんに、介護と食について聞いた。下平さんは4年にわたり取材・編集を重ねた『老後と介護を劇的に変える食事術』(川口美喜子・著/晶文社)を1月18日に発売した。
食べられずに栄養状態が悪くなると健康を害するリスクが高まることは知られているが、“食べられない”がどんなことか、実感としてわかりにくい。2014年6月、闘病中の父(77才)を亡くした下平さんも、当時はまだ父の「食べられない」という訴えを重要視できなかったという。
「父は亡くなる5年くらい前から消化器系に問題が頻発し、透析治療も行っていました。低血糖で倒れて高度救命救急に運ばれ、その後、透析病院に入院。そこで提供されたのは料理を細かく刻んだ『刻み食』。
当時は定番の嚥下食(食べやすく調整した食事)でしたが、実は口の中でバラけて、舌の動きが衰えた人にはかえって食べにくいのです。今はそれを知っていますが、その時は治療しか頭になくて、ましてや、病院が出す食事に意識を向けることなどなかったのです。
父は浮かぬ顔で何度も『食べられない』と訴えていました。同時に全身状態が悪化して、寝ている時間が増え、体重が落ち、どんどん衰弱しました」
治療は病院の役割。家族はもっと本人の生活に目を向けるべきだったと下平さんは言う。
「若いころの父は猛烈サラリーマン。おいしいものを食べ尽くした美食家で、“お父さん専用冷蔵庫”があったほど。生きたスッポンやかにを取り寄せ、かにが逃げ出して家中大騒ぎになったこともありました(笑い)。おいしいものを家族に食べさせることも楽しみだったみたい。
食へのこだわりも強く、鍋の時、ねぎの切り方が違うと言っては箸もつけないような父の性格がまた、病院食が食べられないと訴えた真意をわかりにくくしていました。それでも何より食べることが好きだった父の最後の食事に、もっと積極的にかかわり、病院に食事の改善を求めればよかった、と思っています」
◆食べられているかを見守るのは、家族の役割
今、下平さんが食支援を熱心に取材するのは、父の死の前年にがんで亡くなった友人がきっかけだったという。