音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、祖父の5代目柳家小さんに15歳で入門、22歳で真打ちに昇進した柳家花緑について解説する。
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落語家の人間国宝第一号、五代目柳家小さんが亡くなったのは2002年5月16日。今年は十七回忌に当たる。この名人の十八番中の十八番、『笠碁』『猫の災難』の2席を、5月24日に麻布区民センターで行なわれた「柳家花緑独演会」で聴いた。
新宿末廣亭では5月中席(11日~20日)の夜の部で五代目小さん十七回忌追善興行を実施。一門が連日ずらりと顔を揃え、仲入り前には「小さん十八番に挑戦」と銘打って『笠碁』『猫の災難』『青菜』『真二つ』『万金丹』などを弟子たちが交代で演じた。
長男の六代目小さんと孫の花緑は身内ということで10日間出演したものの、「十八番に挑戦」の出番はなかった。なので花緑はこの日の独演会を自分だけの十七回忌追善興行と位置付け、「独演会でいつも祖父が演じていた」思い出深い『笠碁』『猫の災難』の2席を高座に掛けることにしたのだという。
まず演じたのは『笠碁』。花緑は随所に独自のアレンジを施して自分のものにしている。
大きな差異は2つ。1つは「待った」を認めてほしい隠居が持ち出す古い話が「3年前の借金」ではなく、42年前に出会った時のエピソードにしていること。呉服屋の若旦那だった彼は店にやってきた醤油問屋の若旦那の恋の相談に乗り、結婚を申し込んだ相手からの返事を「待つことが大事」と教えてやった、あのおかげで今の幸せがあるのだから、この一手も待ちなさい、と言うのだ。青春時代の思い出を彼らに語らせることで、花緑はこの噺を自分の手元にグッと引き寄せている。