もう1つはラスト。「被り笠を取るので、ちょっと待った」「早速待ったですか、これからは待っただくさんで行きましょう」「いや、待ったはよしませんか。この一番打つまで長かった、もう待つのは懲り懲り」というのが花緑考案のサゲで、2人の「相手と碁が打てなくて本当に退屈だった」という切実な思いが込められた、素敵なサゲだ。
対して『猫の災難』は小さんの型をそのまま継承しながら、「呑みたくて仕方なかった男が思いがけず呑めて嬉しかった休日」を生き生きと描く。なんだかんだ理屈をつけて酒を全部呑んでしまう男が無性に可愛い。演出に凝るのではなく「落語そのものの面白さ」で勝負して、見事に聞かせてくれた。花緑の「落語の上手さ」がよくわかる演目だ。
緻密な演出の『笠碁』、正攻法の『猫の災難』。人間国宝のDNAを受け継いだ花緑の底力が発揮された2席だった。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2018年8月3日号