父の急死によって認知症の母(83才)を支える立場となった女性セブンのN記者(54才・女性)が、戸惑いながらも介護と向き合う。
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認知症の母の心身をアゲるために心掛けているのはお出かけ。何といっても外に出れば刺激のシャワーが待っている。特に、タクシーに乗ると格別だ。車窓の風景もちろん、個性的な運転手さんたちとの出会いが、思いがけず母の心を動かすのだ。
6年前に独居となり、認知症が一気に悪化したとき、母はすっかり妄想世界の住人となっていた。私を泥棒呼ばわりしたかと思えば、ストーカーに見張られていると支離滅裂な話ばかり。会話はすれ違い、心も通っていなかった。
それでも母を外に連れ出すと、不思議と現実に戻ってくる気がした。私が戸惑い、気まずい沈黙のまま歩いていても、母は住宅街の庭木にふと目を留め、「キンモクセイの季節なのね。そういえば、昔住んでいた団地の公園にもキンモクセイがあったわね」と、思い出を語り出す。あるいは、飲食店がおいしそうな看板を連ねている繁華街に出ると、
「おいしそうね~。でも、外食は野菜が足りないから、家でもちゃんと食べなくちゃね」
そんな、妙に筋の通ったまともなことを言い出すのだった。
「さすが主婦だね。でもせっかくだから、ママが好きなものを食べよう。何が食べたい?」
会話の糸口を離すまいと、私もそう必死で話をつないだ。
常に時が流れている外界で、一緒に“今”を過ごす分には、母の認知症はさほど支障にならなかった。たぶん母も、私との会話がうまくいくことで希望を持ったに違いない。今でこそ識者たちが盛んに「外出しましょう。社会と触れ合いましょう」と、健康寿命の指南をするが、そんな情報を耳にする前から、私たち母娘は“お出かけの効用”を肌で感じていたのだ。
◆タクシードライバーとの愛犬を巡る温かき時間
たまに使うタクシーもお出かけの醍醐味の1つ。母は運転手さんとの会話が楽しいのだ。母にとっては貴重な“外”の他人との接点であり、乗り込むなり、早速おしゃべりを始める。運転中に迷惑かなとも思うが、たいていは愛想よく応えてくれる。
こんな人もいた。
少々個性的なインテリアの個人タクシーで、母の愛犬“ももちゃん”に似た犬の人形を飾っていた。母は独居を脱してサ高住で新生活を始めるにあたり、ももちゃんを里子に出した。
そのため極力、犬の話題を避けていた私は内心「まずいタクシーに乗ってしまった…」と思ったのだが、「あら! ももちゃんみたい」と、母はすぐに食いついた。