大好物を目の前に、ちょうどお腹が空いていたりすれば気分は急上昇。口の中でおいしさがいっぱいに広がって、ゴックンとのみ込むときの満足感、幸福感は万人共通だ。
しかし、この「食事を味わい、楽しむ」快感は、年を重ねるとさまざまな機能低下や病気で失われてしまうこともある。そしてその喪失感は、当たり前にものを食べている私たちにはにわかに想像しがたいが、心身の健康を大きく左右するのだという。
医療現場で“口から食べる”ことにこだわり、食事支援に力を入れる看護師でNPO法人「口から食べる幸せを守る会」理事長の小山珠美さんに聞いた。
「“食べる”ことは、私たちが意識する以上にたくさんの筋肉や神経、感覚が総動員されています」と言う小山さん。
なんとなく口に放り込めば、反射的に噛んで無意識のうちに胃に送り込まれているような気がしていたが…。
「まず食べ物を目で見て、においを嗅ぐところから“食べる”ことは始まっています。“おいしそう!”“好きな味の食べ物だ”あるいは“ちょっと傷んでいないかな”などと脳が反応。空腹なら食欲がわいて(傷んでいれば食べるのを躊躇)、嬉しく楽しい気分になる。このとき脳のストレスは緩和されています」
確かにそうだ。食欲が失せるほど悩ましいときもあるが、小さな悩みならばいったん忘れ、前向きな気分になる。
「次に腕や手指の筋肉を動かし、箸やスプーンなどを使って食べ物を口に運びます。あごを動かして歯で食べ物を噛み砕き始めると、唾液腺からどんどん唾液が出てくる。唾液は、食べ物の中のでんぷんを消化しやすくするほか、とてもすぐれた抗菌、免疫機能を備えた成分が含まれています。実はこの唾液が健康に大きく寄与しているのです。また、舌やほおの筋肉も巧みに動かして砕いた食べ物と唾液を混ぜ、かたまりにまとめていく。このとき唇は閉じて食べ物がこぼれないようにし、同時に味や食感が脳に伝えられています」
せんべいを頬張りながら意識してみるとよくわかる。特に舌の動きは絶妙だ。
「そして、食べ物がほどよいまとまりになったら舌の動きでのどの奥に送り込まれます。のどや、胃へつながる食道はすべて筋肉でできていて、脳からの指令により、絶妙な蠕動運動で食べ物を胃へと運ぶのです」
口の中で感じる“あぁ、おいしい!”、冷たいビールがのどを通るときに感じる“なんて爽快なのど越し!”といった感動で、脳はますます活性化するという。
「ここまでを上部消化管、本格的な消化吸収を行う胃から先を下部消化管といいます。これらの働きはもちろん栄養を取り入れて吸収するためではありますが、そこだけ切り取らずに見てほしいのです。人が体を動かし、外へ出て人とコミュニケーションを取る。体の筋肉をよく動かして、お腹が空いたり、腹ごなしをしてまたがんばろうと意欲がわいたりする。そしてしっかり口を動かして食べ、胃腸もよく働いて栄養を摂り入れ、また体を動かして栄養を全身に行き渡らせる。脳と全身の筋肉や器官、神経などがすべて連動して、人の営みを支えているのです」
※女性セブン2018年11月1日号