未来小説は未来のことを書いたものではない。今ここにありながらよく見えていないものを、時空間や枠組みをずらすことで露見させた「現在小説」だ。多和田葉子の『献灯使』の表題作は、甚大な原発事故による環境汚染を被った日本。超高齢化社会で、主人公は一〇五歳、幼い曾孫とふたり暮らしだ。
子供たちは汚染による虚弱体質で、物もろくに噛めない一方、老人たちの体は屈強で、子孫を看取る運命にある。この管理監視社会では、大半の外来語は禁止、政府は好き勝手に法律をいじる。いつなにが法に抵触するか知れず、空想小説を書いても、「国家機密を漏らした」として逮捕されかねない。想像力すら罪。
笑いの爆竹に躍り、底知れない闇に慄き、読むうちに顔は涙でぐちゃぐちゃになるだろう。笑いの涙だか、恐怖の涙だか、もうわからない。
※週刊ポスト2019年1月1・4日号