5月、進学や就職で子供が実家を出ることで喪失感を覚えて、空の巣症候群に陥る母親が増える。症状は、だるさや食欲の減退、頭痛、不眠、肩こりなどだ。子供が独立するタイミングは、ちょうど親の介護や更年期のトラブルの時期に重なる。そのため、症状がさらに悪化する人も少なくないのだ。
名取礼子さん(75才・仮名)もそんな空の巣症候群に悩まされた女性の一人だった。
「娘が専門学校に入って家を出たのが1990年4月。6月には息子がアメリカ留学をし、同じ年に2人ともいなくなったんです。当時私は47才。子供たちには自立を促してきたのに、いざ巣立たれると、体に力が入らなくなったんです」
さらに50才の時、母親が家出をし、名取さんの家に転がり込んできたという。
「それから母のわがまま放題が始まりました。もともとヒステリックな人で、長女だった私は幼い頃からいつもひどく当たられてきました。私はひたすら耐えていたのですが、この時は母のせいでうつ病が発症。人生初の反抗をし、怒りを母にぶつけました」
空の巣症候群に母との確執があいまって、うつ病となった名取さんは、この後、約8年も病と闘うことになる。
「夫は私の話を一切聞かない人なので、誰にも相談できず、ひとりで暗闇にいました。そんな矢先に夫とけんかをし、自分の中で何かが切れました。夫の留守中に旅支度をして、前からやってみたかった“お遍路”に飛び出しました」
名取さんは、時に車などに頼りながらも、大半の道は歩き、88か所を巡礼。約2か月後に結願した。57才の時だった。その過程で出会った人との交流が名取さんを救った。
「ある時、小学生の男の子がお接待で、私に牛乳とパンをくれたんです。子供たちの小さい頃を思い出し、お礼を言うのも忘れるくらい感動しました。こうやって人に親切にされると、自分が浄化された気がするんです」
また、尼寺の住職に「88か所を巡りたいと思っても、御大師様が“来ていい”と思わない場合は、事故やけがなどがあって、途中で帰る羽目になる。1度で全部回れるということは、御大師様から許可されたのよ」と言われたのがうれしかった。
誰もいない山道で一度、体内の悪いものを吐き出すかのように大声で泣いたという。
「それから体が軽くなりました。人生に不満があっても生きて山道を歩ける。そのありがたみに気づけたんです」
2か月の遍路はまさに修行。つきものが落ちて心が穏やかになったという。その後は、放送大学で心理学を学び、ボランティア活動をして、空の巣症候群やうつ病から抜け出した。
「夫は相変わらず私の話を聞いてくれません。でもそういう人なんだからもう、“まぁ、いいか”と思えるようになりました」
空の巣症候群は自分の人生を見つめ直すきっかけになったと、前向きに語ってくれた。
※女性セブン2019年6月6日号