たとえば、電車の中で奇声を上げている人がいたとする。自身が屈強な男性で、存在だけで相手を威嚇できるような風体でない限り、奇声をあげる人を諌めたりはしないだろう。異常な行動に対する現実的な対処は無視が精一杯で、それはネットでも変わらない。
「無視よりもブロックのほうが楽なのでは? そう思ったんですが友人は、ブロックだけは絶対にダメと。徹底的に無視するしかない、罵詈雑言のコメントも消しちゃダメ、そう言われたんですね」(ミチャさん)
自身の投稿に「ブス」「バカ」と書かれ、それを放置することにも苦痛は伴う。しかし、ブロックをしてしまえば、結果的に相手はミチャさんが「自分をブロックした」すなわち、自分を相手にしてくれていると感じるに違いない。罵詈雑言のコメントを消すのも同様で、自分のコメントをミチャさんは読んでいるから消している、これは自分に対する反応だと誤解されかねない。単なる嫌がらせではない、ストーカーそっくりな言動なので、拒否する態度すらも勝手にコミュニケーションだと曲解されるのだ。
それでも、まだ「ネットの中の出来事」と割り切っていたミチャさん。悪口を言われるのもいやがらせを受けるのも、ネットの中では珍しいことではない…そう自分に言い聞かせていたある日、想像以上の出来事が起きた。
「私が紹介した商品を販売する業者に嫌がらせメールが届いたり、行きつけの美容室に無言電話がかかってくるようになったんです。無視もブロックもできない上、現実世界にも影響が出てきた。警察に相談しても、被害がない以上は動けないし、相手が誰かわかるなら厳重注意はするとしか言われず…。警察は何もしてくれないのです」(ミチャさん)
有名人の宿命といえばそうだが、インスタグラマーやユーチューバーの多くは芸能事務所などの組織に属さず、個人で情報を発信し活躍する人々だ。誰にとってもネットやSNSが当たり前になるほど、ミチャさんのような人たちが注目を集め、同時に危険にさらされている。取り締まる法律は何度も変更を加えられているが、運用が現実に追いついていない。
2000年に成立した「ストーカー規制法」は、前年に起きた桶川ストーカー殺人事件をきっかけに法整備された。そのとき、ストーカーが行った嫌がらせは、近所中に中傷ビラを撒く、関係先へ手紙を送るといったことだった。それに対応した法律は、その後、急速に普及するネットへの対応にいつも出遅れている。事件で被害者が出るたびに改正されてきた。それでも、悲劇は繰り返されている。
2000年に成立して以降、問題が多いと言われながらなかなか改正されなかったストーカー規制法が、2013年に初めて改正された。きっかけは、2012年11月に発生した逗子ストーカー殺人事件で、執拗な電子メールを送りつけることが、法が定める「つきまとい行為」に追加された。
2016年に東京・小金井市で発生した女子大生殺人未遂事件では、ファンの男が歌手活動などを行っていた女子大生にSNSなどで執拗につきまとい、挙句の果てには切りつけるに至った。女子大生は最初無視をしたがストーカー行為はやまず、警察にも相談していたのに、悲劇は防ぐことができなかったのである。この事件をきっかけに、SNSが法の規制対象となった。
被害者は女性だけではない。2016年6月には、有名ブロガーの男性がネットユーザーに逆恨みされ、セミナーで訪れていた福岡市内で刺殺されるという事件も起きた。この男性もまた、ネット上で絡んでくる犯人のことを無視していたが、犯人は一人勝手に恨みを募らせ、凶行に至った。防ぎようがないのだ。しかもストーカー規制法では「恋愛感情」を前提にした行為が対象となっているが、この事件のように恋愛以外の口実によるストーカーも数多く存在する。法律だけでは対応できないため、都道府県で迷惑防止条例を新たにして対応しているのが実情だ。
無視しても相手にしても怖い人々。こうした人々の存在はネットの世界に限ったものではないかもしれないが、SNSを介したコミュニケーション上で目立つというのは事実だろう。法律はもちろん、ユーザだけでなくサービス運営側も含めた多方面からの努力が必要になっているのではないか。