2席目は、揚げ物が大好きで体重98キロにまで肥満した男が、彼女の勧めで揚げ物が嫌いになる催眠術を受けに行くが、「やっぱり揚げ物は嫌いになれない」と、代わりに「揚げ物を記憶から消す」催眠術を受ける『頭の中のカラアゲ』。その皮肉な成り行きも秀逸だが、独特な言語感覚によるきく麿ならではの「会話の可笑しさ」に引き込まれる。
3席目は、温泉宿に泊ったサラリーマンの上司と部下が、わけありに見える仲居の「触れられたくない過去」を詮索すると、仲居が、ダメ男たちと過ごした波乱万丈の半生を浪曲調で語る『殴ったあと』。仲居が語るのは悲惨な身の上話なのに、繰り返される「♪殴らぁ~れ~たぁ~」という節がやけに可笑しく、これを聴くたび条件反射的に笑ってしまう。そもそもこの仲居がなぜ浪曲調で語るのか、まったくもって意味不明(笑)。きく麿の独特のフラがあればこそ成り立つ噺で、他の誰が演ってもこうは笑えないだろう。
きく麿が高座に描き出す世界は奇天烈と言えるほどユニークだが、決して「マニア受け」などではない。この独演会でそれを確信した。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2019年7月12日号