さらに驚くのは、厚生労働省が2018年からようやく本格的に取り組みだした高齢者問題の防止策を、牛山がすでに指摘していたという先見性だ。
《極老の人、庭の歩行も物うきほどならば、人に手をひかれ、座中を百歩ほどすべし。少く労動すべし(中略)少し動く時は気めぐりて滞らず。動かざるときはとどこほるなり。滞るときは病となる》
すなわち、「歩けなくなった人も、手を引いてもらってでも動いた方がいい、そうしないと病気になる」というわけだ。鎌田さんが指摘する。
「これはまさにフレイル予防について説いていると受け取れます。フレイルとは、加齢とともに筋力や認知機能などが低下し、生活機能障害や要介護状態、死亡などの危険性が高くなった状態のことをいいます。軽い障害があっても、杖をついてでも歩くなど、体を動かした方がフレイルを遠ざけられます」
脚の骨折などで寝たきり状態になると、筋肉は急速に衰え、認知症も瞬く間に進んでしまうことはよく知られている。周囲の力を借りてもいいので、多少無理をして歩かないといけないと、牛山は300年前に警告していたのだ。
◆江戸式セルフマッサージ
同書には「セルフマッサージ」の方法も紹介されている。
《年老ては手足をひたと撫で気血をめぐらすべきなり。手足の指を屈伸する事、一日一夜に十余度すべし》《手足に心をつれて屈伸する時は、卒中風の患なし》
「卒中風の患」とは、今でいうところの脳卒中などの脳血管系の病気を指す。手足をしっかり撫でるようにしてマッサージすると脳卒中を遠ざけられると書いている。その場合も誰かにしてもらうのではなく、自分で行うのがよいとも追記されている。
「手足をさすることで血流がよくなり、血行もよくなります。その結果、脳卒中が予防される可能性がある」(新田さん)
医学的に脳機能が解明されていない時代に、「気血=心臓や血管などの循環器」をケアすることで、脳血管障害を予防できることを見抜くとは、江戸の医学のレベルの高さがうかがえる。牛山が「自分でマッサージすべし」というのは、自分の手を動かした方が、さらに血のめぐりがよくなるからだろう。
帯津三敬病院名誉院長の帯津良一さんも言い添える。
「手首や足首の周辺には『原穴』と呼ばれるツボが6か所ずつあり、ここを刺激すると気の流れがよくなる。また、自分でマッサージをすることが手を動かすことにつながり、認知症予防にもつながり、推奨できます」
撮影/浅野剛
※女性セブン2019年9月5日号