父の急死で認知症の母(84才)を支える立場となった女性セブンのN記者(55才)が、介護の日々を綴る。
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認知症になってもよく食べよく歩き、前向きに生活できていた母。しかし、少しずつ表情が乏しくなってきた。母も心待ちにしていたはずの家族写真撮影で“いい笑顔”を作ることができるのか…。後に残るものだけに、密かに気をもんでいた。
◆父の葬儀を思い出す 母の空虚な無表情
母はもともと明るく朗らかな人で、サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)の仲間やヘルパーさんたちにも積極的に話しかける。食堂などで大笑いする姿などは、認知症になる前と全然、変わらない。
そんな母が、恐ろしく無表情になる瞬間がある。まるで抜け殻のような顔つきだ。しかも最近、その頻度が増えてきたように思うのだ。
母の無表情は、前にも見たことがある。7年前の父の葬儀の時だ。心筋梗塞による急死だったこともあり、母はショックで呆然自失となった。
通夜に葬儀会社が親戚一同の写真を撮ったのだが、全員が沈痛な面持ちの中、母の無表情はさらに際立っていた。写真だから余計になのか、母の心が閉ざされていることをよく表していた。
状況は落ち着いたはずの今、再びあの無表情が出始めた。
「ねぇ! ママ!」と大声で呼ぶと、どこか遠い世界から現実に戻ってくるのに少々時間がかかるようになったのだ。
◆“ママ振”を着る孫といい笑顔で記念撮影
今春、私の娘が成人式を迎えた。振袖は30年以上前、母が私に誂えたもの。最近ではこういうのを“ママ振(ママの振袖)”というらしい。
母もどんなに喜ぶだろうかと思い、年明けの成人式の前に、前撮りも兼ねた家族写真を撮ることにした。母が“わかっている”うちにと、急くような気持ちもあったのだ。
準備は昨夏頃から。着物のクリーニングやサイズ直し、草履や小物の新調などで通った近所の呉服店へは、母も連れて行った。ところがそこでも母は無表情のままだった。
どうも見慣れない場所に来たことがそうさせたようで、店内の美しい着物や和装小物には目もくれず、孫娘の振袖姿をひたすら目で追いながら、「Sちゃん、きれいね~」と、時折つぶやくだけ。
「忘れちゃったの? ママが私に買ってくれた振袖だよ」
母が購入した際の百貨店のたとう紙を見せるとようやく、壊れた時計が動き出すように、ぎこちなく笑った。
やはり認知症は進んでいるなと実感する。それでも、根気よく扉を叩いていると、不意にスイッチが入ったりもするから、こちらも必死だ。