ところで、ドイツには「ビール純粋令」なる法令のあることをご存知だろうか。1516年にバイエルン公ヴィルヘルム4世が制定したもので、ビールの原料を麦芽、ホップ、水に限る(のちに酵母を追加)とする内容で、1871年のドイツ帝国成立にあたっても、バイエルンは帝国への参加条件として、ビール純粋令をドイツ全土で有効にすることを求め、すぐにとはいかないまでも、1906年にはとうとう受け入れさせることに成功した。ビールを取引材料にするなど、いかにもドイツらしい逸話である。
その後、EUの前身にあたるEC(ヨーロッパ共同体)から訴えられ、1987年には欧州司法裁判所でビール純粋令を違法とする判決が下されたことを受け、「ビール純粋令」も改定を余儀なくされたが、多くのドイツ人はいまだ純粋令に従ったビールを楽しんでいる。
ただし、2010年代に入って柑橘系の香りを出せるフレーバー・ホップを第5の原料として加える醸造所が増加傾向にあるなど、「ビール純粋令」でユネスコの無形文化遺産登録を目指していたドイツ伝統の味も、重大な岐路に立たされている。
【プロフィール】しまざき・すすむ/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。著書に『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)、『いっきに読める史記』(PHPエディターズ・グループ)など多数。