だからといって、すぐに「良くなった」とは言っていない。後半開始当初は「どっちがいいかわからないですよ」「だからわかんないよ、これ」「チャンスも作れるかもしれないやね」という未確定の表現を多用し、後半11分も「決して悪くない」に留めている。
時間が経つに連れ、前半に再三再四指摘していた「早めの仕掛け」「早めの動き出し」が何度も見られるようになったので、後半18分に「なんか日本は10人になって良くなったよね!」と褒めたのだろう。
松木氏は、決して結論ありきで物事を述べているのではない。まず、前半の攻撃と照らし合わせた上で「1人足りないほうがいい時もある」という仮説を立て、選手(視聴者)を鼓舞した後、現実を見て「良くなった」と結論付けたのであろう。事実、日本は後半28分にFW小川航基(ジュビロ磐田)のゴールで先制した。
同時に、松木氏は決して耳障りのいい言葉だけを述べているわけでない。「これは1人少ない分、負担が掛かるのはしょうがない。それは覚悟でやってくれないと困るんだよ」(後半6~7分)、「(日本がロングボールから裏へ飛び出す攻撃を見て)うん、これだ、これこれ。キツいけど、これもう1人足りないんだから、しょうがないんだよ」(後半10分)と現実を把握した上で、厳しい要求もしている。
たしかに、松木氏らしい日本贔屓もあった。「(カタールは)1人が多いということでね、何かラクしちゃいたいんでしょうね」(後半15分)、「1人多いと思って、向こうはね、ラクしようと思ってるからチャンスだよね」(後半37分)という発言は、単なる思い込みだと突っ込まれそうだ。しかし、あまりに論理的過ぎると人間味を欠く。このような主観も、松木安太郎という人間が愛される理由の1つだろう。
過去は変えられない。1人退場というネガティブな出来事を嘆いても仕方ない。冷静な考察から現状をポジティブに捉え、選手を鼓舞する。愛嬌を感じさせながらも、締める所は締める。カタ―ル戦における松木安太郎氏の解説は、三浦知良やラモス瑠偉などのスター集団・ヴェルディ川崎を率いて、1993年から2年連続チャンピオンに導いた偉業を思い起こさせた。
●文/岡野誠:ライター・松木安太郎研究家。著書に『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)。同書では結論ありきで物事を見ずに、膨大な1次資料を元に判断を下しており、2009年のインタビューで田原本人に直接苦言を呈した場面も収録。2月8日13時半から大阪で、3月22日15時から静岡・藤枝で元CHA-CHA木野正人とトークショーを開催予定。