「温泉街全体規模での仕掛けとなりますから、行政の協力は不可欠。しかし県庁や市役所に行くと、障碍者や高齢者の福祉を担当する地域福祉課に回された。相手は観光客なので観光課と仕事をしたいと言っても、最初は理解を得られませんでした」
旅館業者の足並みもなかなか揃わなかった。彼らを説得するため、小原氏は「今後の観光業の在り方」を説いたという。
「観光産業の形態は時代と共に変化してきました。高度経済成長期には男性主体の歓楽型の団体旅行が中心で、嬉野も西日本一の“ピンクゾーン”として知られた。バブル崩壊後、今度は女性主導の個人・グループ旅行が主体となり、癒し・寛ぎ型、体験型の観光が人気となった。しかしそれも頭打ち。今後、業界が生き残るためには新たな仕掛けが必要でした。それがバリアフリーだったのです。
いま日本には高齢者が約3200万人いる。加えて障碍者が約790万人、3歳未満が約310万人。合計で約4300万人、総人口の約3分の1がBFTCの対象で、しかも少子高齢化で今後も増加していく成長市場です。また、こうした方々の多くは家族など付き添いの方といらっしゃるので、人数が増えて単価や部屋の稼働率も上がり、旅館にとって本当にありがたいお客様になります。
そして何より嬉しいのは、今まで温泉旅行に行きたくても、諦めざるを得なかったお客様に喜んでいただけるようになること。先日、生まれて40数年入院生活を送っていた女性が、初めての温泉旅行として嬉野を訪れてくださいました。“娘と旅行ができるなんて思わなかった”と、お母様に感謝されたのが印象的でしたね」
今では行政や旅館の意識も変わり、地域を巻き込んでバリアフリー化が進んだ。現在、13旅館が20室のバリアフリー客室を提供。観光客数も右肩上がりだという。
「嬉野にはバリアフリーが必要だと信じて、12年間やってきた成果がようやく出てきたのかなと、手応えを感じています」
◆撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2020年2月14日号