選手だけではなく、パの指揮官もセに対抗心を燃やした。
「前半戦で3勝しかしていないボクを水原(茂)さんが監督推薦で選んでくれたこともあった。“米田はオールスターに強い“というだけの理由でね(笑い)。選手以上に監督がセに対して敵愾心を持っていたから、勝負強いピッチャーばかり選ばれていた。
打者は長打力があるバッターばかり選んでいた。力でセの投手を完膚なきほどに叩きのめしたかったんだろうね。で、監督は打順を決めたら何もしない。オールスターでは、セもパも“真っ直ぐかカーブか”程度の簡単なサインだけ。力自慢のパの打者は一発逆転を狙って高目のボールを思いっきりぶっ叩いてたよ。ランナーに出ても勝手に走れということになっていた。
当時のオールスターは選手の日当が1万円で、自腹でホテル代を払うと赤字。しかも監督やコーチはそれぞれのリーグの上位チームの監督が務めるから、(自球団の選手ではなく)下位球団のピッチャーを酷使する。それでもボクは球宴に出たくて仕方なかったんだから、本当に魅力があったんだろうね」