ただ、「(4人用の)マス席の中央に座る」という注意喚起だけは、徹底されていないようだ。NHKの大相撲中継でも、4人用マス席を1人で“独占”する観客が映り込んでいるが、後方の手すりを背もたれにして、足を投げ出して見ている人も少なくない。テレビに映る向正面の、行司の真後ろの席で柵に足をかけてブラブラさせている人まで現われた。
長く角界を支えてきた維持員のひとりは、そうした光景を目にして、「無観客のほうがよかった」と話す。土俵下で陣羽織を着て観戦する「維持員」は、協会に所定額の寄付を行ない、承認を受けることで、場所中は「維持員席」での観戦が認められる。
「無観客で行なわれた3月場所では、テレビ越しにも館内の空気がピーンと張り詰めているのがわかった。呼び出しや行司の声だけが響く。力士がぶつかる音の迫力に、咳払いも憚られる神聖な雰囲気があった。横綱土俵入りでは柏手と四股を踏む音だけが館内に響き、厳粛に映った」
この維持員は、“コロナ前”に大相撲ブームのなかで広まっていた応援スタイルにも疑問を感じていたという。
「最近では、昔ながらの相撲観戦の良さのようなものが、見失われていたように思う。四股名の書かれたタオルを振り、館内が一体となって手拍子を送る。手拍子と共に御嶽海や貴景勝の名前をコールするファンもいた。特に対戦相手がモンゴル人横綱だと日本人力士への熱烈な声援が飛ぶ。
横綱の土俵入りにしても、本来ならせり上がりで拍手が起こるはずなのに、四股と同時に拍手が始まっている。やはり応援にはタイミングというものがある。もともと、相撲好きのツウが集まる国技館では、熱戦には声援が飛び、逆にあっけなく土俵を割る相撲には拍手すらしなかった。モンゴル人横綱だって、いい相撲を取った時には心から温かい拍手を送りたいものだ」
このコロナ禍が、大相撲をどう観戦するのがいいのか、考え直す契機となるのかもしれない。長年の大相撲ファンからは、様々な意見が飛び出している。好角家として知られる芥川賞作家の高橋三千綱氏は「コロナ問題をきっかけに、もっと大胆な改革をしてもいいのではないか」と話す。