山口:それと安倍さんにはなく、他の長期政権を築いた首相にはあったものが、レガシーです。具体的には、吉田首相のサンフランシスコ講和条約、佐藤首相の沖縄返還、中曽根首相の国鉄分割民営化、小泉首相の郵政民営化です。
ところが安倍さんの場合、憲法改正、北方領土返還、拉致問題の解決などの重要な政策課題に取り組んだものの、いずれも達成できないまま辞任してしまった。レガシーを遺せないまま、課題だけが次の政権に引き継がれた。
佐藤:安倍さんの辞任会見で興味深かったのは、憲法改正ができなかった理由を「国民世論が盛り上がらなかった」と言った点です。これを裏返すと、国民の支持がないと認識していることになる。おそらく、「次の政権は無理しないでいい」というメッセージだと思います。
その代わり、安倍さん個人としては、“永久に未完の憲法改正”というかたちで改憲の旗を振り続けることが、自身が政治的影響力を残すためにも重要でしょう。
山口:客観的に見て、憲法改正が実現する条件はほとんどないと思います。が、安倍さん自身は実現できなかった理想を説き続ける、ある種、宗教家みたいな役割をこれから演じていくのかなと思います。
佐藤:次の政権にとって、安倍さんを支持した日本会議に代表される右派グループは、属人的に安倍さんのカリスマ性に依拠しています。それ以外の誰がなろうと、安倍さんに対するような熱烈な支持はない。裏返すと、「安倍ちゃんならいいか」と見過ごされてきた中国や韓国との政治的妥協について、今後は厳しい視線が向けられる。右派からの風に次の政権は晒されることになるということです。