P氏の苛立ちは、そのパフォーマンスを真に受ける支持者のせいでもある。集会の様子を伝えるCNNのリポーターは、マスクを着けていない初老の女性にマイクを向け、「コロナが怖くはないのですか?」と質問する。女性は、「まったく怖くありません。私は恐れない。私はウイルスに侵されることはありません」と平然と答えるのである。別の若い男性は、「私はすでに抗体を持っていると思う。いずれすべての人が抗体を持ち、コロナは普通の病気になって終わる」と答えた。
これらはすべて、専門家が否定していることである。WHO(世界保健機関)は、集団免疫によってパンデミックが収まるという見方を公式に否定している。当然である。先の男性が言うように、アメリカ人の大半が自然にコロナ感染して抗体を持つようになるまでには、いったいどれだけの発症者と死者を出さなければならないか、想像するのも恐ろしい。
トランプ氏の「コロナは怖くない」キャンペーンは、自らのコロナ対策の失敗や情報隠蔽をごまかすためのものだろう。見え透いた戦略に見えるが、本人が感染し、わずか3日で退院して選挙戦に復帰したことで、少なくとも支持者に対しては説得力を持ってしまった。
しかし、トランプ氏の前にマスクなしで密集する支持者たちが、トランプ氏と同じ治療を受けられる可能性はほとんどない。トランプ氏は、胎児の細胞を実験に使用したとして批判されている未承認の新薬「ポリクローナル抗体カクテル」を投与され、本来は重症者が使用する強いステロイド剤「デキサメタゾン」を使い、コロナ治療薬「レムデシビル」は複数回用いられた。新薬はまだ初期の治験段階だし、この3種類の薬を同時に使った人類はトランプ大統領ただ一人である。
筆者の知人で免疫研究者であるベテラン医師は、モノクローナル技術を用いた新薬には、必ず副作用の危険が伴い、認可までには多くの治験と長い時間が必要だと述べた。トランプ氏が自ら命を懸けて新薬の実験台になるのは自由だが、その選択肢すらない国民を巻き添えにすることは許されない。