対戦相手をにらみつけて戦う松本の異名は「野獣」(写真/GettyImages)
オリンピックで勝つために「野獣」になる
〈試合で見せる闘志ギラギラのオーラからは想像もつかないが、実は、己の恐怖心とも常に格闘していたという〉
もちろん国内で代表に選ばれるための戦いもありました。私は凡人なので、自分が納得するまで練習したり、毎朝10km以上の走り込みをしたり、人一倍努力もしました。ですが努力は誰もがしているので、それだけでは選ばれません。
そこで、合宿で練習がきつくなったときには、ひざに手をつけて、ハアハアとしたいところをぐっとこらえて胸を張り、「超楽しい!」と笑顔をあえて作る。そうやって存在をアピールし続けていたら、思わぬ副産物がありました。
きついはずなのに楽しそうに笑顔でいる私を見た監督に「こいつ、まだ大丈夫なんだ」と思われて、私だけ、さらに練習メニューが増やされたんです! それでも弱音を吐かずに頑張っていたので、合宿が終わると、必ず熱が出ましたが……。
それとともに、試合前は女であることを一切捨てる生活を始めました。凡人である私は、天才を目の前にすると、やっぱり怖い。負けることを想像してしまうんです。そこで、お化粧はおろか、日焼け止めも塗らず、Tシャツにジーンズスタイル。何かを持つときも、ガシッと男の人がつかむようにする。そうやって、外見から強い自分を作り上げました。
それに、私は際立った技を持っていたわけでもなく、相手を動揺させ、その隙に技を仕掛けてポイントを狙う、型破りな勝ち方を模索していました。そんな私を見て、「柔道家としてどうなのか」という批判的な声もありました。日本の柔道界には背負い投げなどで正々堂々と一本勝ちすることが正当な勝ち方だという価値観が根強くあったからです。
でも私は、柔道家ではなく勝ちにこだわる勝負師でありたかったんです。それでも、本番ではどうしても緊張します。そこで、私は「緊張したら合格。それは試合に出られる自分になれたからするもの。だから、緊張したら大丈夫」と、考えるようにしたんです。
【プロフィール】
松本薫(まつもと・かおり)/1987年9月11日生まれ、石川県金沢市出身。6才で柔道を始め、中学3年生で全国中学校柔道大会優勝、国内初制覇。高校2年生のインターハイ優勝に続き、高校3年生で2回目の海外遠征となるドイツジュニア国際柔道大会で金メダルを獲得。2009年にワールドツアーに本格的に参戦し、2010年には女子57kg級の世界ランキング1位を獲得。2012年、ロンドンオリンピック女子57kg級で、金メダルを獲得。2015年に現在の『ベネシード』に所属を移し、世界柔道選手権大会(カザフスタン・アスタナ)で優勝。翌2016年、リオデジャネイロオリンピック女子57kg級で、銅メダルを獲得。同年、一般男性と結婚。2児の母に。現在は柔道家として後進の指導にあたるかたわら、アイスクリーム『Darcy’s(ダシーズ)』を手掛ける。
取材・文/廉屋友美乃
※女性セブン2020年10月29日号