「南回り航路と違って海賊がいない。寒すぎるから。だから保険料が大幅に安くなる。氷の融解を見越して、今ロシアは北極海全部を『うちの大陸棚だ』と言い始めています。国連海洋法条約により、200海里までの大陸棚は沿岸国が排他的権利を持ちます。カナダが警戒を強めて猛反発しています」
地球儀を真上から見た北極地図が熱い時代を迎えているのである。となると、日露関係がどう変わるのか。
「ポイントなるのは間宮海峡(タタール海峡)です」と佐藤氏は地図を指差した。間宮海峡は、北海道の北、樺太とロシアの間の海峡だ(※図2参照)。
図2:ロシアは宗谷海峡や津軽海峡を通ることが必要になる
「ロシアは船で運びたいものが増えます。ですが、現在の最浅部が約8メートル。これではタンカーは通れません。
ロシアは、船で中国との国境近くにある東部の重要都市ウラジオストクに行くことを望みます。間宮海峡がダメだとなると、北方領土の択捉島と国後島の間を縫って宗谷海峡を通るか、北海道と青森県のあいだ=津軽海峡を通るかしないと……海路がない。自分の国の港に行くのに、日本を横切る必要が出てくるのです」
なんと、地政学の不思議よ。北極海が通行可能になったロシアは自国の港に船で行くことができるが、そのために他国(日本)を通る必要がある──という不思議なパズルが生まれるのだ。
これは、2030年代に、日本が海運の要衝=チョークポイントとなることを意味する。
「そうなると、ロシアは通してほしいため、日本により友好的になるでしょう。地球温暖化で日露関係はますますよくなるというのがセオリーです。ロシアは日本の機嫌をそこねたくはありません」
2030年代の『最悪情勢分析』
「ですが、逆のシナリオもあります。通行をスムーズにすることが最大の目的ならば、友好以外に、占領という方法があるからです。ロシアが軍事力を背景に、日本の北の海での実効支配を強めようとするシナリオです」
北の海を中心とした『GREAT GAME』のゲーム盤で考えれば、“支配”もまたロシア側のアイデアのひとつなのだ。
「ソ連時代、太平洋戦争停戦後にスターリンが“留萌─釧路線”を主張しました。北海道の真ん中に線を引いて、北半分をソ連軍に占領させろと言った。トルーマン米大統領が反対してできなかった。それほど要所である宗谷海峡を握りたかったんです。
2030年代に北極海の氷が融けると、民間船だけではなく、軍艦もこのルートを運用します。現在のロシアは西部の港湾都市ムルマンスクに海軍の軍備を集中して置いてありますが、ウラジオストクに持って行こうとなると、やはり、チョークポイントを通ることになる」
地球温暖化が引き起こす北極海氷のメルトダウンが、環境問題だけではなく、安全保障問題でもあるのはこのせいだ。