『夜鷹の野ざらし』で、八五郎の独り言を聞くのは野だいこではなく年老いた夜鷹(下級娼婦)。この夜鷹は前夜の幽霊と同じ身なりで厚化粧を施し、八五郎宅に押し掛けてあわよくば居座ろうと企む。八五郎は前夜に隣家を訪れた娘の幽霊と思い込んで迎えるが、顔を見ると醜い老女。悲鳴を上げて飛び出すと、外から戸を打ちつけて隣家へ転がり込む。そこには尾形清十郎と前夜の若い娘が。その正体は尾形の隠し子。だが八五郎は閉じ込めたはずの幽霊が抜け出したのだと思い、「しまった、壁の穴を忘れてた」でサゲ。
この演出は、小説の冒頭で落語に無知な役者が発した見当違いな『野ざらし』批判を真っ向から打ち破りつつ、作中で起こった事件に密接に関わっている。愛川晶の落語ミステリには、こうした「落語ファンだからこそ楽しめる」仕掛けが随所に仕込まれている。落語ファンが読まないのは、あまりに勿体ない。
【プロフィール】
広瀬和生(ひろせ・かずお)/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。2020年1月に最新刊『21世紀落語史』(光文社新書)を出版するなど著書多数。
※週刊ポスト2021年2月26日・3月5日号