尾身会長の発言に対し「全く別の地平から見てきた言葉」と語った丸川珠代五輪相(写真/共同通信社)
乗り越えることが“できる”ではなく、“できた”と発言したのだ。過去形だ。挙げ足を取れば、首相の頭の中には中止も延期も無いことになる。少なくとも東京五輪・パラリンリックの閉会時には、世界が新型コロナに打ち勝ち、困難を乗り越えているらしい。コロナ渦を乗り越えたと言えるラインが、一体どこを基準に設定されているのか。世界の現状を鑑み、我慢を強いられている国民からすれば、そのラインはさっぱり見えてこない。丸川珠代五輪相の4日の発言を借りれば、「全く別の地平から見て」いるとしか言いようがない。
丸川五輪相のこの発言は、新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が6月2日、「今の状況で(五輪を)やるというのは、普通はない」、「そもそも今回のオリンピック、こういう状況の中で、一体何のためにやるのか」と、五輪開催の目的について政権に明言を求めたことに対するもの。誰もが疑問に思っている“なぜやりたいのか”について、しっかりしたビジョンと理由を述べるよう専門家として問うた尾身会長とは、「別の地平」にいるという。
誰も開催したい理由をはっきり答えない。それどころか、尾身会長が独自の提言を公表するとしたことに、田村憲久厚労相は「自主的な研究の成果の発表」と語ったぐらいだ。異を唱える発言や都合が悪い忠告は、政府や自民党にとって邪魔でしかないらしい。「東京五輪は開催」という空気に覆われつつある今、増えつつある世論調査の開催支持への空気に水を差されたくないのだろう。
党首討論では、共産党の志位和夫委員長が「命をリスクにさらしてまでオリンピックを開催しなければならない理由は」と問うたが、首相はやはり「国民の命と安全を守るのが私の責任です」と答えたのみだった。東京五輪を開催し成功させれば、それまでの感染対策の失策を国民は忘れ、選挙に勝って政権が継続できるかもしれない、という思惑があるのだろう。バラ色の回顧と真逆の嫌な事や不快な感情は時とともに薄れていくというバイアスが人にはあるのだ。
東京五輪を開催する理由が人々の記憶に残ることと、選挙への勝利のためならば、これほど恐ろしいことはない。