ライフ

幕府に愛着も未練も無かった将軍・徳川慶喜 根源にあった尊皇思想

父斉昭の方針で文武両道の教育を受けたが、幼少期は学問より体を動かす方が好きだった(写真=近現代PL/AFLO)

徳川慶喜は皇室に対しどんな考えを抱いていたか(写真=近現代PL/AFLO)

 大政奉還という歴史の大転換をつくった英傑ながら、鳥羽伏見の戦いで敵前逃亡した臆病者だと評価が二分されてきたのが、徳川慶喜。放送中のNHK大河ドラマ『青天を衝け』で草なぎ剛の好演でも注目を集めている徳川慶喜は、いったいどんな人物だったのか。フランス文学者の鹿島茂氏が読み解く。

 * * *
 日本の近現代史で徳川慶喜ほど毀誉褒貶相半ばし、評価の定まらない人物はいない。一見したところ、行動や決断に一貫性がないと思えてしまうからだ。

 たとえば、元々慶喜は水戸学の弟子筋にあたる長州の尊皇攘夷派にシンパシーを抱き、主要敵は薩摩と思い定めていた。だから、元治元年(1864年)、長州藩兵が大挙上洛したとき、禁裏御守衛総督(御所を警備する責任者)だった慶喜は、朝廷の会議で「長州が朝敵とならないよう理を尽くして説得し、京から退去させるべきだ」と主張していた。ところが、途中で長州を掃討する方針に転じ、薩摩藩にも協力を求めて御所を死守することにし、長州が市街戦を起こすと見事な指揮で鎮圧した(禁門の変)。

 最大の謎は鳥羽・伏見の戦いにおける行動だ。慶喜の側近中の側近だった渋沢栄一も、25年の歳月をかけて編纂した『徳川慶喜公伝』(大正7年=1918年刊)の序文で次のような疑問を呈している。「大政奉還したのになぜ鳥羽・伏見で戦闘を行ったのか」「大軍で上洛すれば薩摩軍との戦闘が避けられないことは覚悟していたはずなのに、なぜ大阪から江戸へ軍艦で帰ってしまったのか」。

 こうした謎は『徳川慶喜公伝』を精読すると解ける。結論から言えば、慶喜は徹底した尊皇第一主義者なのである。慶喜に大きな影響を与えた父・徳川斉昭と異なり、慶喜の思想の第一は「尊皇攘夷から攘夷を引いたもの」であり、開国か攘夷かは二の次三の次。しかも、頭で考えた抽象的な尊皇ではなく、生身の天皇に対する尊皇なのだ。自分の考えが天皇の意向に反しているとわかったときは必ず天皇に合わせる。それゆえ禁門の変のとき、孝明天皇(明治天皇の父。1831~1867)が長州に怯えて征伐の勅命を下すと方針を一転させたのである。

 大政奉還も純粋な尊皇第一主義のなせる業だった。慶喜には幕府というものに対する愛着、未練がない。

尊皇第一主義ゆえの敵前逃亡

 鳥羽・伏見の戦いは当初は薩摩側と旧幕側の私戦のはずだった。ところが、旧幕側に対する征討大将軍に任命された嘉彰親王に朝敵征伐の錦の御旗が与えられ、官軍vs賊軍の戦いにされてしまった。これは慶喜にとって耐えられない事態である。だから総大将の敵前逃亡という、日本の歴史において前代未聞、空前絶後の珍事を起こしてしまった。

関連キーワード

関連記事

トピックス

濱田淑恵容疑者の様々な犯罪が明るみに
《男性2人に自殺教唆》自称占い師・濱田淑恵容疑者が被害者と結んでいた“8000万円豪邸の死因贈与契約” 被害者が購入した白い豪邸の所有権が、容疑者の親族に移っていた
週刊ポスト
兵庫県議会本会議で、自身の疑惑を調べる調査特別委員会(百条委員会)の報告書が議決された後、取材に応じる斎藤元彦知事。3月5日(時事通信フォト)
《パワハラ認定》斎藤元彦知事の“告発者潰し”を正当化する主張に組長の元姐さんも驚いた「ヤクザの世界では当たり前だけど…」
NEWSポストセブン
自殺教唆の疑いで逮捕された濱田淑恵容疑者(62)
逮捕の“女占い師”に高校生の息子を預けてしまった母親が証言…「共同生活」「仕事内容も不明」 会社を利用し信者集めか 【和歌山・自殺教唆事件】
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告と父・修被告
「頭部の皮膚を剥ぎ取った上でザルにかぶせ…」田村瑠奈被告の遺体損壊を“心理的にほう助”した父親の言動とは【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
旭琉會二代目会長の襲名盃に独占潜入した。参加者はすべて総長クラス以上の幹部たちだ(撮影/鈴木智彦。以下同)
《親子盃を交わして…》沖縄の指定暴力団・旭琉會「襲名式」に潜入 古い慣習を守る儀式の一部始終、警察キャリアも激高した沖縄ヤクザの暴力性とは
NEWSポストセブン
キルト展で三浦百恵さんの作品を見入ったことがある紀子さま(写真左/JMPA)
紀子さま、子育てが落ち着いてご自身の時間の使い方も変化 以前よりも増す“手芸熱”キルト展で三浦百恵さんの作品をじっくりと見入ったことも
女性セブン
ビアンカ・センソリ(カニエのインスタグラムより)
《あられもない姿でローラースケート》カニエ・ウェストの17歳年下妻が公開した新ファッション「アートである可能性も」急浮上
NEWSポストセブン
日本人女性が“路上で寝ている動画”が海外メディアで物議を醸している(YouTubeより、現在チャンネルは停止されています)
《日本人女性の“泥酔路上寝”動画》成人向け課金制サイトにも投稿が…「モデルさんを雇って撮影された“仕込み”なのでは」「非常に巧妙」海外拡散を視野か
NEWSポストセブン
被害者の「最上あい」こと佐藤愛里さん(左)と、高野健一容疑者の中学時代の卒業アルバム写真
〈リアルな“貢ぎ履歴”と“経済的困窮”〉「8万円弱の給与を即日引き落とし。口座残高が442円に」女性ライバー“最上あい”を刺殺した高野健一容疑者(42)の通帳記録…動機と関連か【高田馬場・刺殺】
NEWSポストセブン
外国人が驚くという日本の新幹線のトイレ(写真は東北新幹線)
新幹線トイレの汚物抜き取り現場のリアル 遅延が許されない“緊迫の30分間”を完遂させるスゴワザ一部始終
NEWSポストセブン
《歌舞伎町・大久保公園》ガードレールの一部を撤去も終わらない「立ちんぼ」と警察のいたちごっこ「ほとんどがホストにお金をつぎ込んで困窮した人たち」
《歌舞伎町・大久保公園》ガードレールの一部を撤去も終わらない「立ちんぼ」と警察のいたちごっこ「ほとんどがホストにお金をつぎ込んで困窮した人たち」
NEWSポストセブン
ライブ配信アプリ「ふわっち」のライバー・“最上あい”こと佐藤愛里さん(Xより)、高野健一容疑者の卒アル写真
〈50まんでおけ?〉高野容疑者が女性ライバー“最上あい”さんに「尽くした理由」、最上さんが夜の街で吐露した「シンママの本音」と「複雑な過去」【高田馬場刺殺事件】
NEWSポストセブン