【書評】『ウディ・アレン追放』/猿渡由紀・著/文藝春秋/1760円
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
ウディ・アレン監督の新作が公開されるたび、映画館に足を運ぶというファンは数多い。エキセントリックな登場人物、巧みなストーリー展開、切れ味鋭いセリフ、美しい画面構成も際立つ。
「アニー・ホール」などウディの名声を確立した作品のミューズ、ダイアン・キートンとの恋愛が終わったあと、恋人関係になったミア・ファローの出演作品もすばらしい。そうしてウディは年に一本のペースですてきな映画を撮りつづけ、アカデミー賞にノミネートされた最多記録を保持する。
そんな彼がいま映画界追放の危機にさらされている。いまから約三十年前、ミアの養女ディランに性的虐待を加えた容疑で捜査され、大スキャンダルになったものの、ウディが強く否定し、無罪を勝ち取った。だが昨今の「#MeToo」運動の影響もあり、この件が蒸し返されている。本書は在米三十年の著者がニュートラルな視線で真相に迫っていく。事実関係をさばく手腕、文体も魅力的だ。
ともに二度の結婚と離婚を経験していたウディとミア(最初の夫はフランク・シナトラ)が出会うまでだけでも波乱万丈だが、ふたりが結婚も同居もせず関係を続けたのはウディの意向だった。込み入った関係をより複雑にしたのが、ミアの養子たち(彼女には実子が男子四人、養子が男子三人、女子七人。国際養子も多い)だ。
ウディがディランとは別の養女スンニと恋愛関係にあることが発覚したのは一九九二年。思いもよらぬ衝撃を受けたミアは、その半年後にディランの件を突如問題化した(ウディとスンニは九七年に結婚、いまも仲睦まじい)。
ウディはミアが虚偽をでっち上げたと主張するが、彼女の闘争心は衰えず、さらに成長した養子たちがウディとミアそれぞれを援護し、対立している。映画人や出資者も態度表明を余儀なくされた。ウディは自作を「人間と、人間関係についてだった」と述べたが、この一件をめぐって多彩な人物が入り乱れる展開は、まさにウディ映画!と思えてならない。
※週刊ポスト2021年7月16・23日号