時々、立ち止まって、窓に近づいて店内を覗き込む人がいる。そうすると、窓はその人物の顔で一杯になる。そのぐらい小さな窓なのだ。その窓で切り取られる、西麻布の街は見飽きる事がない。
店に通って、6回目か7回目か。店のほぼ中央の椅子に座って、ぼんやり窓を眺めていたら、お店のママが、
「筑紫さんもね、そのあたりの椅子に座って、いつも黙って窓から外を眺めていたんですよ、こんなに小さな窓なのにね……」
そうおっしゃったのだ。
咥え煙草で、小さな窓の外を眺めている筑紫哲也さんの顔がはっきり見えた。
今年の1月から通い始めたその喫茶店だが、何の因果か、僕は4月から完全禁煙の身になってしまった。ドクターストップである。煙草抜きのコーヒーに耐えられる体になったら、また筑紫さんに会いに行こうと思う。
「煙草やめたの! 偉いね~」
そう褒めてくれるだろうか。
※週刊ポスト2021年9月10日号