映画界に欠かせない存在に(写真/時事通信フォト)
今作における松坂の責務は重大だ。先に述べたように、現在の日本映画界に欠かせない“大物”たちのトップに彼は立たなければならない。しかも、前作を成功に導いた役所の後を継いでのこと。並々ならぬプレッシャーがあったのではないかと思う。また今作では、その役どころからして“主役を食う”ほどの圧倒的な存在感を放つ鈴木亮平が登場し、“第2の主人公”と呼びたくなる村上虹郎の好演も光っている。彼らを打ち負かすような目立ち方をすれば良いというものでもないし、“タイトロープ”という役どころなだけあって、バランスが大切だ。松坂は時に穏やかに、時にエネルギーを爆発させて、日岡という1人の人間を掘り下げ、丁寧に演じ上げていると思う。
松坂といえば、作品ごとにいつも新鮮な驚きを与えてくれる俳優だ。映画、ドラマ、舞台にと、演じる役ごとにこちらのイメージを裏切ってくる。そんな中でも近年は、どうにも冴えない若者であったり、何かに激しく葛藤するキャラクターであったり、観ていて手を差し伸べたくなるような役柄に特によくハマってきた印象だ。2019年公開の映画『新聞記者』や『蜜蜂と遠雷』、今年公開された『あの頃。』や『いのちの停車場』で演じたキャラクターたちがそれに当たるのではないだろうか。とりわけ「葛藤」というものは、松坂を語る上で重要なキーワードだと思う。何より、警察内部のスパイに扮した前作『孤狼の血』での松坂こそ、まさに葛藤を抱える役どころであった。
今作での松坂も、観客を鮮やかに裏切ってくる。面構えや声色にも凄みが宿っているが、まだ若い刑事役とあって、前作の役所ともまた違う魅力を放っている。いくら目的のためには手段を選ばない刑事役とはいえ、根の部分にはまだ消しきれていない日岡という人間の“弱さ”や“優しさ”のようなものが残っており、それが本作ではカギになっていると感じた。
今作でもやはり松坂の得意とする“葛藤”の演技が光っている。本作では、松坂桃李だからこそ体現できる主人公像を立ち上げ、荒くれ者たちを束ね、作品を率いているのである。鈴木や村上などの目を引く存在がありながらも、最終的に“主役の座”を取り戻すクライマックスの振り切れ具合は、松坂の俳優としての真骨頂が力強く感じられるものだった。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。