だが、運転席に乗り込むと、こう付け加えた。
「明徳も森木には成長させてもらいました」
この言葉こそ、馬淵がようやく口にした本音ではなかったか。
「将来はメジャーに」
最後の夏が終わってからおよそ2か月。私は森木に謝らなければならないことがあった。森木が高1の春、「甲子園に5回行きたい」という彼の言葉をそのまま挑戦状として叩きつけ、結果として馬淵を焚き付けてしまった。
「そんなの全然、気にする必要ないっす。結局、自分にそれを跳ね返す実力がなかっただけ。馬淵監督の野球はやっぱり手堅かった。バントにしても、決めるところを決めて、得点に結び付けていく。あと、自分に対して、いやらしいことを言ってきそうな雰囲気を常に出していましたよね」
それは今春のやりとりを指しているのだろう。春の高知大会の試合後、森木は初めて馬淵と言葉をかわした。馬淵は高校生の森木に対して、こんなことを言ったという。
「秋のほうがボールがきていた気がするなあ」
それが本音かどうかは分からない。
「馬淵監督の目から見てそれが事実だったとしても、『そんなことはないっす』と言える自分だったら良かったんです。でもその言葉を真に受けてしまって、いろいろと考えてしまった。その時点で僕は負けていた」
報道陣を使って、情報を発信して相手監督や選手の動揺を誘うのも老練な馬淵の成せる業だろう。
「それこそ自分も、柳川さん(筆者)のインタビューで『明徳には負ける気がしない』と言ったことがあったと思うんです。挑発によって馬淵監督や明徳ナインには空回りしてほしかったんですけど……空回りしたのは自分だったかもしれません」
市立和歌山の小園健太、ノースアジア大明桜の風間球打と共に森木は、高校ビッグ3と称され、今秋のドラフト1位候補と目されている。ちなみにふたりとは直接会ったことはないもののインスタグラムでつながり、トレーニングの情報などを交換し合う仲だ。
「甲子園に行ったから良かった、行けなかったから悪かったということはないと思うんです。明徳に勝てなかったから成長できた、あの敗北を糧にできたから進化したといつか思える野球人生を歩んでいきたい……これも負けたから口にできることかもしれません」