ここからが面白い。商業施設のテナントが埋まらず、経営の危機に陥った。「どうせ儲からないなら、住民のほしいものを作ろう」と覚悟。住民にアンケート調査をし、ニーズの高かった婦人科と精神科のクリニック、保育園を作ることになった。
保育園は全く違う分野で、戸惑いも大きかったが、人脈の広さで実現していった。社会福祉法人を作って、自ら理事長となり、25歳の若者をリーダーに据えた。子どもを第一に考えたユニークな保育園は、希望者が殺到する人気の園となった。
さらに、一人暮らしの高齢者のことを考え、シニア向け賃貸住宅を作った。温浴施設、健康食堂、美容サロンなどが併設されている。ここに「まちなかライブラリー鎌田文庫」も作られ、幼い子から高齢者までだれでもぶらりと立ち寄れる地域の居場所になっている。
こうした溝上さんの発想をみてみると、視点の置き所が面白い。家業を継ぐという本筋から外れた“自由さ”や、どうせ儲からないならという“気負いのなさ”があるのだ。地域への貢献という広い視点も大切にしている。これらの視点は、「老い」を面白く生きるうえでも欠かせないものではないだろうか。
【プロフィール】
鎌田實(かまた・みのる)/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。著書に、『人間の値打ち』『忖度バカ』など多数。
※週刊ポスト2021年10月15・22日号