それでもいざ、落合邸が近づいてくると、チームの指揮官と私のような記者が面と向かうのは分不相応である気がした。そうした劣等感に加えて、落合の発する他人を寄せつけない空気が私を怖気づかせていた。
静かな住宅街にひとりで佇み、白い外塀を背にして落合を待っていた時間は、途方もなく長いものに感じられた。
しばらくして落合が玄関を出てきた。そして門扉の脇に立っていた私を見つけると、周囲を見渡して口を開いたのだ。
「おまえ、ひとりか?」
私は訊かれていることの意味がわからず、何も言えなかった。落合は他に誰もいないことを確認すると言った。
「ひとりなら……乗れ」
スタジアムへと向かうタクシーに乗り込んだ落合はまず、運転手に促される前にシートベルトを締めた。意外な気がした。
監督になってからの落合には、球界や名古屋という土地の慣習を破壊していく反逆者のイメージがあったからだ。
そんな私の視線に気づいたのだろう、落合はこちらを見てニヤリとした。
「オレは決まったことには従うんだ。ただ、納得できないことには、納得できないと言うだけだ」
そして先ほど私に投げた問いの意味を明かした。
「オレはひとりでくる奴にはしゃべるよ」
そこに、無口でマスコミ嫌いといわれる指揮官はいなかった。
落合は私の質問に答えた。日常の些細なことについても話した。私が末席にいる記者であることなど、気にも留めていないようだった。
私が孤独について考えるようになったのは、それからだ。集団を抜け出し独りになることによって、失うものばかりではなく、獲得できるものがあることを初めて知った。
(第2回へ続く)
【プロフィール】
鈴木忠平(すずき・ただひら)/ライター。1977年千葉県生まれ。日刊スポーツ新聞社を経て、2016年に独立し2019年までNumber編集部に所属。現在はフリーで活動している。著書に『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』(文藝春秋刊)など。
※週刊ポスト2021年10月15・22日号