国家によるものであれ自主的なものであれ、規制があると表現は萎縮しがちだが、多くの香港映画人たちは困難な状況のなかでも映画を作り続けている。
「私は中華系マレーシア人で、さまざまな国で映画を撮ってきましたし、香港人、台湾人の友人もいますが、中国人の友人もいます。香港について言えば、表現への規制強化によって海外へ移住した私の知り合いもたくさんいます。でも同じ映画人として、監督として、香港映画を応援したいという気持ちがあります」(リム氏)
社会への関心の深さと勇気と才能までも併せ持つ若い監督が現れた
香港は、1960年代にはその規模の大きさと賑わいから「東洋のハリウッド」と称された映画の都でもあった。1980年代に日本でも大ブームとなったカンフーアクションやコメディだけでなく、ハリウッドでも日本でもリメイクされた香港ノワールの代表作『インファナル・アフェア』(2002年)など、娯楽アクションから文芸作品まで、幅広い魅力で世界の映画ファンを夢中にさせてきた。1997年の中国返還後も一国二制度の下、比較的自由に映画は作られていたが徐々に規制が厳しくなり、2021年10月には、過去の作品にまで遡り、国家安全保障上の脅威とみなされる場合は上映禁止、違反者には厳しい刑罰が下される条例が可決された。
香港映画人を取り巻く環境はいっそう厳しいものになっている。しかし、そんな香港映画の可能性について、厳しい状況だけではないとリム氏は続ける。
「2014年に雨傘運動が起きてから、特に自主映画の分野で、社会への関心の深さと勇気と才能までも併せ持つ若い監督が現れたことです。香港映画といえば、スター俳優が出演する映画を想像しがちですが、今は秀逸なドキュメンタリーを作る若手の監督も多く誕生しています」(リム氏)
「香港映画祭2021」で上映される映画7作品のうち、5作品は新人監督のデビュー作だ。新人作品が中心にラインナップされる一方で、香港映画界を代表する名優が出演した作品も多い。『十年』にも出演し名脇役として長年親しまれ、今年66歳でこの世を去った香港の名俳優のひとり、リウ・カイチーが出演する『最初の半歩』(2016年)。1990年代から香港四天王と呼ばれる一人で歌手、俳優のジャッキー・チュンが『暗色天堂』(2016年)に、そしてキュレーターでもあるリム氏が監督した『深秋の愛』(2016年)には、1980年代から活躍し美人女優として知られるアイリーン・ワン。『幸福な私』(2016年)では本作で3度目の香港アカデミー賞最優秀女優賞を受賞した、カラ・ワイが出演している。
さらに作品のなかでは、香港だけでなく、中国の田舎の美しい風景を見ることもできる。他にも観光では見ることのできない狭い香港の団地の生活や、今の香港を知ることのできる作品もあり、飛び交う広東語と普通話(中国の標準語)の響きとともに、昔の香港、現在の香港もスクリーンに映し出される。
「香港映画ファン、香港に興味がある人はもちろんのこと、香港に関心のない人、香港映画に興味のない人でも、とにかくたくさんの人たちに観てほしい。映画を通して香港や香港の未来に興味、関心を持ってもらい、香港の面白さや魅力を知ってもらいたいです。そしてコロナ禍のなか、苦境に立たされているミニシアターと一緒に映画祭を盛り上げて、活気も取り戻したいですね」(リム氏)
今回の作品のひとつに「就算失望不能絶望(失望しても絶望はするな)」という言葉がほんの一瞬だが映し出されるシーンがある。その言葉のように、強い信念を持ち続ける香港映画人がいる限り、そしてリム氏のように応援するたくさんの映画監督や関係者、観客がいる限り、以前の輝かしい香港映画全盛期時代のような勢いとは違っても、きっとまた新しい香港映画がこれからも創り出されていくに違いない。
新型コロナウイルスが世界的に大流行してからというもの、以前のようには簡単に海外へ行けなくなり、旅行もままならないだけでなく、気軽にレジャーへ出かけるのにもためらうし、映画館から足が遠のいた。そして今はスマホの小さな画面で、いつでも、どこからでも海外の景勝地の様子だって見られるし、映画も観ることもできるようになった。でも、映画館にはやっぱり、そこにしかないものがあるように思う。たくさんの映画人が魂を込めて、情熱を込めて作った映画は、日常とは違う映画館という空間で、作り手と観客がひとつになり、映画を愛する同じ想いのなか大きなスクリーンで見るからこそ、感じることがきっとあるはずだ。
【プロフィール】
リム・カーワイ/(Lim Kah Wai)/マレーシア、クアラルンプール出身。1993年日本に留学、1998年大阪大学基礎工学部電気工学科卒業。大阪を拠点に映画を製作。最新作「COME&GO カム・アンド・ゴー」が現在公開中。12月には東京・大阪で監督の作品が特集上映される。
取材・文/服部直美(はっとり・なおみ)/香港中文大学で広東語を学んだ後、現地の旅行会社に就職。4年間の香港生活を経て帰国。ブルネイにも在住経験があり、世界の食文化、社会問題、外国人労働者などを取材。著書に『世界のお弁当: 心をつなぐ味レシピ55』ほか。