淡路島でキッチンカーを営むイリーナさん
身を引き裂かれる思いを抱くのは、2018年に兵庫県淡路島に移住してキッチンカーでロシア料理の販売を始めた太田イリーナさん(40)も同じだ。彼女の両親と妹、弟は出身地のハバロフスクに住んでいる。
「母と妹の話では、物価がどんどん上がっている。だけどネット口座がロックされ、銀行の送金もできない状況で、私は助けることもできない。心配でなりません。それなのに母は『ロシアがウクライナ市民を殺したというのはフェイクニュースだ』と思い込んでいて、自国がいま戦争状態にあることすら認めようとしない。プーチン大統領の言葉だけを信じて、私が何を伝えても届かない。母のことがわからなくなってしまいました」(イリーナさん)
プーチン氏の言葉を鵜呑みにする家族だけでなく、ロシア政府の姿勢に懐疑的な友人との関係も絶たれてしまっているという。
「ロシアにいる友人とインスタグラムでやりとりしていましたが、『監視されているみたいだから、これ以上、あなたと話すのは危険』と言われ、交流が途絶えてしまいました。私自身、キッチンカーで戦争反対を打ち出している以上、入国することすらできないでしょう。入国と同時に逮捕される恐れがあるからです。私は大切な人に加えて帰る場所すら失ってしまった」(同前)
東京に住むモスクワ出身のモデル・中庭アレクサンドラさん(31)は、同じロシア人男性タレントの小原ブラスさん(29)とコンビを組みYouTuberとしても活動しているが、先日、彼女たちの元にロシア語の脅迫文が届いたという。
「〈あなた方がユーチューブで発信しているロシア政府への批判を、ロシア諜報部に通報した〉という内容でした。しかも、私の祖母やきょうだいがモスクワに住んでいるという情報を明かしたうえで、『彼らに忠告すれば発信を止めるのではないか』と書かれていた。私たちの発信を批判するだけでなく家族のことにまで触れて脅迫するなんて、あまりに不気味で恐ろしい。非人道的な態度を絶対に許せません」(アレクサンドラさん)
「いつか憎しみは晴れる」
ロシアに詳しい国際政治学者の袴田茂樹・青山学院大学名誉教授は、いまのロシア国内の情勢についてこう話す。
「情報統制は次第に強くなってきているが、まだ中国ほど徹底した統制下にあるわけではない。ネットを介して西側メディアの情報に触れることも一定は可能な状況です。実際にロシア国内でも、国家統制のテレビに信頼を置いている中高年世代と、インターネットやSNSを通じて西側メディアの情報にも触れている若い世代との間でかなり意見が分かれており、家族関係が崩壊するといった事態は多く生じています」