「昔、子供用の新聞で読んだ映画『ミリオンズ』(2004年、ダニー・ボイル監督)の解説が妙に心に残っていて。要はユーロが導入予定だったイギリスで、幼い兄弟がポンドの札束を拾い、大騒動になるという話なんですけど、それをドルが円に替わる直前の沖縄で、ドサクサに紛れてドルを盗む物語に翻案したら面白そうだと。
当時の警察官の回顧録を読むと、沖縄の戦後はそれでなくても本土以上に混乱しているんです。戦果アギヤーが英雄的行為とし賞賛されたり、面白いというと語弊がありますけど、僕はそこに怒れる荒くれ者たちの西部劇的な世界を感じた。
それも一つの歴史ですし、大学でもとかく近現代史は戦前戦中まででストップしがちで、戦後は未だ歴史の範疇に入らない感じがある。僕はそれを学問としてやりたかったし、文献に淡々と記された史実からかえって滲み出すものを、小説により生々しい形で再現するのが、今の目標なんです」
坂上氏は自身が接してきた書物や映画からエンタメの神髄を縦横に吸収し、そこに東京や大阪、同じ沖縄でも人によって違う歴史を見る目を、丁寧に描きこむ。一口に沖縄の戦後と言っても、出身や階層、運や性格によっても全然違うからだ。
「それが各人物の造形にもうまく機能すればいいなと。歴史に重層性があるのは、何も沖縄に限りませんし」
そして作品上、真栄田が直接聞くことはない犯人の胸を抉るような告白を読者のために書き、このタイムリミットサスペンスを沖縄の傷や痛みに寄り添う〈供養〉の物語に昇華させるのだ。
【プロフィール】
坂上泉(さかがみ・いずみ)/1990年兵庫県生まれ。東京大学文学部卒。在学中は日本史学研究室・加藤陽子ゼミや鈴木淳ゼミで近現代史を学ぶ。会社勤務の傍ら、天狼院書店の小説家養成ゼミに通うなどし、2019年「明治大阪へぼ侍 西南戦役遊撃壮兵実記」で第26回松本清張賞。同年『へぼ侍』でデビューし、第9回日本歴史時代作家協会賞新人賞。翌2020年発表の『インビジブル』では第23回大藪春彦賞と第74回日本推理作家協会賞を受賞し、直木賞候補に。166cm、60kg、O型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2022年5月27日号