前作の大阪市警視庁同様、琉球警察も、1945年6月の沖縄戦終結後、米国民政府、通称ユースカーが設置され、その統治下に約20年存在した、今はなき警察組織だ。
「琉球警察って世間の知名度は1割もないと思いますけど、昨今は伊東潤さんの『琉球警察』や真藤順丈さんの『宝島』など、物語の世界では再注目されている。
僕もその流れに乗る格好にはなりましたけど、実はデビュー前に初めて書いたプロットが琉球警察の話だったんです。当時から純粋に組織として興味深い境界的世界に主人公を置き、居場所を探す話を書きたいなと。そもそも沖縄の文化自体が古くから多様な人や文化が海を介して行き交う中、その融合と受容の上に形成され、源為朝伝説など客人伝説にも事欠かない。
アメリカ文化もその1つで、沖縄にポップスが根付き、数多くのアーティストを輩出したのも事実ですし、その境界上にかつて存在した琉球警察や、本書の返還目前に起きた事件などを通じて、沖縄に限らない、より普遍的で今日的な問いも描ける気がしたんです」
沖縄に限らず歴史には重層性がある
本作は序章「赤い喪失」や「灰色の帰還」「黒い着火」と、それぞれ色彩も意味深長な全7章で構成される。
冒頭、基地に忍び込み、マーガリンや砂糖を頂戴する、〈戦果アギヤー〉で食い繋ぐ少年が、収容所時代に出会った〈あいつ〉と呼ぶ少女への思いと、米兵らに身を売る彼女を無残な形で失い、〈世界から赤という色が消え去った〉瞬間を語る序章からして、悲しすぎる動機と結末を予感させる。が、そうした事情を捜査班長として難題を担う真栄田が知る由もなく、まずは現場を歩き、情報を収集する。
強奪された100万ドルは、当時のレートで3億円強。来る本土復帰に向けて回収を急ぐドルの一部だった。復帰の日には、沖縄全域から回収したドルを、本土から運んだ540億円に一気に切り替えるのだ。その金が盗まれたのだから、回収できなければ事は復帰の成否にも関わる。上層部が緘口令を敷くのも当然だ。
そのわりに人手は乏しく、真栄田が若い頃から世話になり、父同然に慕う室長の〈玉城〉や、東京の大学に学び、東京出身の妻を持つ真栄田を敵視する捜査一課班長〈与那覇〉。事務員ながら高い運転技術と洞察力を持つ〈新里愛子〉に、与那覇を慕って警官になった元不良少年〈比嘉〉。さらには米犯罪捜査局の謎多き日系人大尉〈ジャック・シンスケ・イケザワ〉と、最大で6名の凸凹チームで沖縄版3億円事件を追うのだった。