内部告発サイト「ウィキリークス」。2006年に創設され、内部告発者、反体制勢力などによる投稿がされている(時事通信フォト)
やっぱり企業に対する不信感
冒頭の中華料理チェーンの加盟店に勤める社員は、労働基準局が動かないからとそれまでの問題も含め告発した。そのラインのやりとりをTwitterやYouTubeで公開した。消費者側からすれば正しい行為で、その待遇も含め店員の男性に対する支持が広がった。事の是非はともかく、まさにSNSの力である。ちなみにこうした告発者を「公益通報者」と呼び、保護されなければならないとする国もある。日本でも公益通報者保護法が2006年から施行されてはいたが有用だったとは言い難く、2022年6月から通報の範囲や保護の内容を拡大するなどした改正法が施行された。
「日本の労働者って、これまで大人しくて舐められてたじゃないですか。とくに外食はそうですよ。でも本当に社会的に間違ってることや客の不利益になることは、これからどんどん告発されてくと思います。言い方はあれですが、外食ってバイトはともかく社員になりたいなんて人は少ないです。万年人手不足です。フランチャイズのことばかり言いましたけど、それは本社も現場に限れば同じです」
新卒でも外食産業は人気業種とは言い難い状況が続いている。構造的な労働問題もそうだが、今年に入っても大手ファミリーレストラン系列の店舗が違法残業および未払い賃金があったとして是正勧告を受けた。回転寿司チェーンや牛丼チェーンもまたパワハラによる訴訟騒動が報じられている。
「労働条件がめちゃくちゃで、店に住んでる状態の先輩とかいました。椅子並べて寝たり、座敷で寝たり。私は氷河期世代でそんな会社でも勤めるしかありませんでしたが、少子化で引く手あまたの若い子が加盟店の社員なんて選びませんよ。それなのに待遇が悪いままの会社もあるんです。そういうところは晒されることになるでしょうね」
元店長だからこその実感だろう。日本は「内部告発しにくい国」と言われる。社員が正しい告発をしても、それは企業にとって裏切り者であり左遷や降格が当たり前のように行われてきた。運送会社の談合を告発した社員が手取り18万円のまま32年間草むしりをさせられた訴訟事件が有名だが、かつての日本人はそういた事例にも「会社を裏切ったから当然」「嫌ならやめればいいのに」と社畜根性丸出しの冷笑を浴びせたものだが、今回の件ではそうした声は少なく、日本も変わったなと思う。これもまたSNSの力だろう。
「やっぱり企業に対する不信感だと思いますよ。とくに外食はずっと酷かった。とくにフランチャイズはね。そうじゃない会社もあるって……あるかなあ、仕事があるだけありがたいなら、あるのでしょうね」
筆者も外食、とくに加盟店企業の社員の厳しさは聞いているし、取材を通して目の当たりにもした。結局のところ労働基準局、とくに地方の労働基準監督署や労働局が機能していないというのが最大の問題だと思うが、直近では青森の住宅会社が侮辱的な表彰式を繰り返していた事案は会社が労基を無視していた。本来、逮捕権まで持つ労基のはずが、地方では地元有力者や古くから地場で商う企業に強く出られない土壌があり、ユニオンに入った途端にアカ呼ばわり、なんて時代錯誤なままの地域もある。労基そのもの人手不足もある。これらが改善しない限り、元店長の言う通りSNSや社会風土のアップデートに頼る形の公益通報者は増え続けるだろう。
たかがSNSの告発と侮るなかれ。現実に株価は暴落、ネットの風評は拡散するばかり。かつての「何をやっても社員は大人しく従う」という古い感覚もまたアップデートしなければ、今回のような致命的な経営ダメージを受けることになることを、企業経営者もまた自覚するべき時に来ている。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員、出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。