妻は本音をSNSで炸裂させる。(c)2022 “犬も食わねどチャーリーは笑う”FILM PARTNERS
だからSNSで匿名になったとたんに、たがが外れる。SNSに書き込むのが悪いわけじゃないけれど、裕次郎が言う「ネットの書き込みは一方通行」というのはその通りだと思う。
夫婦間の気持ちのズレや違和感は、いつかはリアルに向き合わないとならない。だって、夫婦はやっぱり他人。相手をすべて理解するのはムリなのだから。
願わくば、不満が爆発する前に小さなグチとしてガス抜きできたら、犬も食わない小さな夫婦ゲンカで済ませられるのだけれど・・・・・・うまくいかないものだ。
話したくても、なんだか今さら気恥ずかしい。結局は面白おかしく茶化してみたり、はぐらかしたりして、余計にこじれる。
決して悪い夫ではないが鈍感な裕次郎と、自分の本音を持て余しているような日和。ふたりを見ていると、夫婦が微妙なバランスで保たれていることに気づき、ドキッとする。
安心しきっていた家庭という場所が、こんなに危うさを秘めたものだったのか。近いと思っていた夫婦の距離が、実は遠かったのか、と。
それでも「ふたりだけの形がきっとある」という希望
本作の面白いところは、既婚、未婚問わず、どの立場の人にとっても共感できる場面があることだ。登場人物たちを見ていると、「自分だけじゃないんだ」とどこか安心する。
と同時に、一歩引いて違う立場でみれば「えっ、こんなこと思っているの?」とちょっぴり、いや、かなりゾゾゾっと背筋が寒くなる。
なかでも妻たちのエグい本音が炸裂する場面は印象的だ。男性はちょっと腰が引けるかもしれないが、そこはぜひ怖いもの見たさでご覧あれ。
物語に登場する男性たちは、女性の本音を知って結婚を前にマリッジブルーになるくらい悩んだり、独身主義に思い至ったりする。しかし彼らの葛藤は、自分と関わる相手のことを真剣に考えているゆえのものではないか。
結婚を控え、マリッジブルーになる男性の心も描かれる。(c)2022 “犬も食わねどチャーリーは笑う”FILM PARTNERS
本作は決して、男女や夫婦だけを描いているのではないだろう。職場の同僚、嫁姑、友人、親と子。人が人と関わることで気づく価値観の違いに、どう向き合うかも描かれている。
結局、自分以外の誰かと100%わかりあえることなんてない。だからコミュニケーションに悩むし、話す時は言葉を選ぶ。ときには「やっちまった!」というような失言をしたり、勘違いさせるような態度もとったりしてしまう。
だけどその失敗はおもしろい発見だとも思う。自分と違う価値観や共感できない思いがあることを知るのは、自分の世界が広がることなんじゃないか。さまざまな立場の登場人物たちからそんなことに気づかされ、ちょっぴり自分の視野が広がった。
<旦那デスノート>のようなSNSには賛否あるだろう。しかし文章を書くことは、自分と向き合いながら思いを確かめることだ。たとえ気持ちをダダ漏れさせるように書くとしても、読み返せば、自分の足元が見えてくる。
今の時代に、自分で自分を知るツールとしての役割もあるのかもしれない。
完璧な妻も、完璧な夫もいない。完璧な夫婦なんて最初からいないのだから、ぶつかるのだって当たり前じゃないか。日和と裕次郎の衝突は、夫婦としてとても真摯な姿に映る。
裕次郎と日和のバトルはハタから見たら滑稽だけど、理解できるし、「あぁ、ちゃんと愛があるんだな」とわかってうらやましくも思う。ストーリーにちりばめられたパズルのピースが、終盤に向けて綺麗にハマっていくような気持ちよさが清々しい。
「夫婦には夫婦にしかわからない思いがある」とは、よく言われること。映画のラストが、その象徴かもしれない。
この映画を小説化した文庫本も映画公開に先駆けて発売された。日和をはじめ妻たちが投稿する<旦那デスノート>を文字としてじっくり読むと、映画とはひと味違うエグさとおかしさを味わえるし、映画では描かれなかった日和と裕次郎のエピソードや後日談も、注目だ。
夫婦には、やっぱり夫婦それぞれの形があるという当たり前。「あるある」とうなずく共感の先には、自分たちだけ、自分だけの人生の選択があるという希望が感じられた。
さて、あなたはどうやって人と関わり、家族と関わっていく? どんな生き方を選ぶ? そんな問いを投げかけられたような気がする。
文/やしまみき
『犬も食わねどチャーリーは笑う』9月23日(金・祝)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開、配給:キノフィルムズ、出演:香取慎吾、岸井ゆきの他、監督・脚本:市井昌秀(c)2022 “犬も食わねどチャーリーは笑う”FILM PARTNERS
【プロフィール】市井昌秀/監督・脚本 1976年4月1日生まれ、富山県出身。劇団東京乾電池を経て、ENBUゼミナールに入学し映画製作を学ぶ。2004年のゼミナール卒業後に制作した長編が立て続けに映画祭の賞を受賞し、注目を集める。初の長編作品となった『隼』(2005)は第28回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリと技術賞、香港アジア映画祭コンペティション部門「New Talent Award」グランプリを、続く『無防備』(2007)は第30回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを、第13回釜山国際映画祭では新人監督作品コンペティション部門最高賞を受賞した。2013年には、初の商業映画『箱入り息子の恋』が公開。同年のモントリオール世界映画祭ワールドシネマ部門に正式出品し、第54回日本映画監督協会新人賞を受賞。ドラマ作品では、尾野真千子主演のドラマW「十月十日の進化論」(2015年/NHK)でギャラクシー賞奨励賞の他、日本民間放送連盟賞テレビドラマ部門優秀賞、東京ドラマアウォード2015単発ドラマ部門優秀賞を受賞。監督と脚本を務めた映画に、『箱入り息子の恋』(2013年)、草彅剛主演の『台風家族』(2019年)。妻・市井早苗との夫婦ユニットで、『犬も食わねどチャーリーは笑う』を小説化した文庫本も出版。