ライフ

【逆説の日本史】「ニコポン」桂太郎に手玉に取られ歴史上「消えた」藤澤元造の悲運

『朝日新聞』1911年2月18日付朝刊にも取り上げられた藤澤元造

『朝日新聞』1911年2月18日付朝刊にも取り上げられた藤澤元造

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立IV」、「国際連盟への道2 最終回」をお届けする(第1355回)。

 * * *
 話を代議士藤澤元造の質問に戻そう。藤澤は南北朝正閏問題で「南朝正統論こそ正義」という立場で質問書を提出した。「南北朝並立」の史観を教科書に載せた政府・文部省を糾弾する目的であり、この行動計画はすべて朝日新聞にリークされていた。そして世論も味方となった。

 この「逆境」のなかで、首相桂太郎はなんとかして藤澤の質問を阻止しようとした。もちろん、いかに行政府の長である総理大臣といえども立法府の国会に圧力をかけて質問書を闇に葬ることはできない。ここは本人を説得して質問書を撤回させるほかはない。

 前にも述べたように、桂の異名は「ニコポン」であった。軍人出身でありながら誰にでも愛想がよく、初対面の人間にも「ニコニコ」笑って近づき肩を「ポン」と叩いて「頼むぞ」などと言う。これで大方の人間は桂の支持者となる。また桂は、八方美人ならぬ「十六方美人」「言葉の催眠術師」などとも呼ばれた。説得が巧みだったということだ。

 桂は、七月に亡くなられた安倍晋三元首相に抜かれるまで総理大臣在任期間二千八百八十六日という最長記録を持っていた。そしてこの「説得力という才能」がもっとも遺憾なく発揮されたのが、「藤澤元造説得工作」だった。結局、桂の説得は成功した。その状況を朝日は綿密に報道しているので、記事を紹介しよう。まずは一九一一年(明治44)二月十八日付の「下院雜觀(十六日)」という記事である(以下、引用記事の旧漢字、旧カナは一部改めた)

〈南北朝正閏問題に関する藤澤元造君の質問演説が呼物となった為か、傍聴席は相変らずの満員だ▲処が提出者自ら之を撤回したとの噂が伝わって来たと同時に議場を見ると今日は藤澤君逸早くも着席し其側に佐々木蒙古君(衆議院議員で大陸浪人。蒙古は通称で、本名安五郎。引用者註)が来て剣幕荒く何事か手詰の談判を行って居る、而して藤澤君の口から『撤回……辞職』……という声と、佐々木くんの口から『君も前途春秋に富んだ身……なぜ撤回……なぜ辞職……藤澤南岳の息子とも有ろうものが……反省……其な事じゃ駄目だ』杯の声が高低断続して聞える▲扨はと思って居ると果然々々書記官の朗読によりて、右質問は提出者によりて撤回せられたことが明に分った、のみならず藤澤君より議員辞職の届があったとて、議長は之を満場に報告した〉

 そのうちに議長は藤澤を登壇させた。辞任の弁を述べさせるためである。顔面蒼白で登壇した藤澤は、質問書を提出した経緯を語りはじめた。その過程で「伊勢神宮で皇祖皇宗(天皇家の祖霊)に祈り、(三種の神器のうちの草薙之剣が祀られている)熱田神宮も参拝し、漢学者の父南岳にも相談した」と述べたまではよかったが、そのあと演説の内容が支離滅裂になった。

 それも当然だろう、自分がいかに誠実に熱烈に質問書を作成したかを述べれば述べるほど、その質問書を撤回したということと矛盾する。藤澤は途中でそれに気がついて、しどろもどろになったようだ。ついには議長から「なるべく簡単に」という注意を受け、とうとう「本員は爰に名誉の戦死を遂ぐるのである」という捨て台詞で演説を終えた。朝日は「余程珍であった」と評している。

 この間翻意を説得していた佐々木蒙古は文部大臣の出席を要求し、文部大臣が出席するまでは藤澤の進退問題を進めるべきではないと叫んでいたのだが、結局多数決に押し切られてしまった。

関連キーワード

関連記事

トピックス

元KAT-TUNの亀梨和也との関係でも注目される田中みな実
《亀梨和也との交際の行方は…》田中みな実(38)が美脚パンツスタイルで“高級スーパー爆買い”の昼下がり 「紙袋3袋の食材」は誰と?
NEWSポストセブン
5月6日、ニューメキシコ州で麻薬取締局と地区連邦検事局が数百万錠のフェンタニル錠剤と400万ドルを押収したとボンディ司法長官(右)が発表した(EPA=時事)
《衝撃報道》合成麻薬「フェンタニル」が名古屋を拠点にアメリカに密輸か 日本でも薬物汚染広がる可能性、中毒者の目撃情報も飛び交う
NEWSポストセブン
警察官になったら何をしたい?(写真提供/イメージマート)
警察官を志望する人の目的意識が変化? 「悪者を倒したい」ではなく安定した公務員を求める傾向、「事件現場に出たくない」人も 
NEWSポストセブン
カトパンこと加藤綾子アナ
《慶應卒イケメン2代目の会社で“陳列を強制”か》加藤綾子アナ『ロピア』社長夫人として2年半ぶりテレビ復帰明けで“思わぬ逆風”
NEWSポストセブン
2人の間にはあるトラブルが起きていた
《2人で滑れて幸せだった》SNS更新続ける浅田真央と2週間沈黙を貫いた村上佳菜子…“断絶”報道も「姉であり親友であり尊敬する人」への想い
NEWSポストセブン
ピンク色のシンプルなTシャツに黒のパンツ、足元はスニーカーというラフな格好
高岡早紀(52)夜の港区で見せた圧巻のすっぴん美肌 衰え知らずの美貌を支える「2時間の鬼トレーニング」とは
NEWSポストセブン
事務所も契約解除となったチュ・ハンニョン(時事通信フォト)
明日花キララとの“バックハグ密会”発覚でグループ脱退&契約解除となった韓国男性アイドルの悲哀 韓国で漂う「当然の流れ」という空気
週刊ポスト
かつて人気絶頂だった英コメディアン、ラッセル・ブランド被告(本人のインスタグラムより)
〈私はセックス中毒者だったがレイプ犯ではない〉ホテルで強姦、無理やりキス、トイレ連れ込み…英・大物コメディアンの「性加害訴訟」《テレビ局女性スタッフらが告発》
NEWSポストセブン
お笑いトリオ「ジャングルポケット」の元メンバー・斉藤慎二。9ヶ月ぶりにメディアに口を開いた
【休養前よりも太ってしまった】元ジャンポケ斉藤慎二を独占直撃「自分と関わるとマイナスになる…」「休みが長かった」など本音を吐露
NEWSポストセブン
TOKIOの国分太一(右/時事通信フォトより)
《TOKIO解散後の生活》国分太一「後輩と割り勘」「レシート一枚から保管」の節約志向 活動休止後も安泰の“5億円豪邸”
NEWSポストセブン
中山美穂さんをスカウトした所属事務所「ビッグアップル」創設社長の山中則男氏が思いを綴る
《中山美穂さん14歳時の「スケジュール帳」を発見》“芸能界の父”が激白 一夜にしてトップアイドルとなった「1985年の手帳」に直筆で記された家族メモ
NEWSポストセブン
STARTO ENTERTAINMENTの取締役CMOを退任することがわかった井ノ原快彦
《STARTO社取締役を退任》井ノ原快彦、国分太一の“コンプラ違反”に悲しみ…ジャニー喜多川氏の「家族葬」では一緒に司会
NEWSポストセブン