当初、数日で終わると目されていたロシアによるウクライナ侵攻は、すでに7か月以上が経過し、ドロ沼の様相を呈している。焦るプーチン氏は、普段は一般人として生活する「予備役」をさらに動員する。その先にあるのは、どこまでも続く“地獄”──。
金属製の柵越しに、別れを惜しむ人々のすすり泣きが響く。手を握り合い、頬を寄せ合う母親と息子。涙を浮かべ、何度も夫の顔に触れる妻。泣き続けるフィアンセを、「必ず帰ってくる」と髪を撫でながら励まし続ける若い男性。
「訓練所に行くだけよね」
「そう、軍事演習よ、きっと」
互いの不安と心配を打ち消すように、女性たちはそうささやき合っていた。これはいま、ロシア国内のいたる所で見られる光景だ。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領(69才)は9月21日、ウクライナ侵攻をめぐって軍隊を強化するため、部分的動員令を発令した。端的に言えば「徴兵」だ。筑波大学名誉教授の中村逸郎氏が解説する。
「2月の侵攻開始時、ウクライナ戦線には19万人のロシア兵が投入されました。しかし、すでに約7万5000人もの死傷者がいるとされており、戦力を補填するための動員とみられています」
全国紙記者が続ける。
「ロシアでは、18〜27才の男性に対し、通常1年間の兵役義務を課しています。今回、部分動員として召集される対象者は、そうした兵役経験があり、さらに軍務・戦闘経験を持つ『予備役』です。特に戦車の操縦手や工兵、狙撃手などが召集対象とされています。階級によって違うものの、対象年齢は『55才まで』となっています」
人口約1億4500万人のロシアにおいて、約2500万人がこの「予備役」にあたる。つまり、全人口の6人に1人に「召集令状が届く可能性」があり、落ち着かない日々を過ごしている。
ロシアは平時、軍隊の規模の上限を軍人は約100万人、後方支援にあたる一般職員は約90万人と定めている。ロシア政府は、今回の部分動員で召集されるのは約30万人規模にのぼり、今後数か月にわたって段階的に行われる予定だとした。一方、ロシアの独立系メディアは、「徴兵は120万人規模にまで膨れあがる計画がある」とも報じた。
対象でない男性に届いた召集令状
徴兵に反発する国民は多い。動員令の発令以降、徴兵事務所や関連施設に火炎瓶が投げ込まれるといったことが20件近く起きている。
「原因は、政府が動員対象とした『軍隊経験者』とかけ離れた召集の実態です。戦闘経験がなかったり、持病があるなど、明らかに対象ではない男性に召集令状が送られるケースが多く発生しており、混乱していることがわかります」(前出・中村氏)