ありとあらゆるパターンを考える
「貞彦が信じて暁美が疑う設定とその逆ではどちらが物語的にスムーズかとか、表題の言葉は誰に言わせ、誰の情報なら暁美が素直に聞けるかとか、基本的にはありとあらゆるパターンを考えた上で、一番自然だと思えた設定を選んでいます。あくまで目的は身近でかつ斬新なサスペンスに仕上げることですから」
よく腕に痣を作っていた想代子がDVを否定するほど怪しさは募り、最終章でも印象は五分五分。そのどちらとも取れるスリリングな展開こそが、まさに本作の読みどころだ。
「結末についても、彼女が潔白か否か、両方の展開を想定した上で今回の形を決めています。結末が決まれば物語の収束の仕方も自ずと見えてきますし、あとはそこに向けてどうサスペンスを盛りあげていくかです。怪しいと思わせたり、疑いすぎだろうと立ち止まらせたり、そこの手綱さばきが執筆の肝ですかね。
読んでくれた人に聞くと、裁判から話が展開していく中、想代子をもっと鋭く追及しろと考える人がいる一方、疑いが嫁いびりになっていて何だか可哀想と同情する人もいて、人それぞれなんですよ。いずれにしろ途中をグレーのまま進める、そこが面白さだと思って書いた作品なので、僕はどちらに読んでもらっても構いませんし、嬉しいんですけどね(笑)」
物語はさらに駅前の再開発や秘蔵の品の消失事件も絡み二転三転。が、問題が家庭外に及ぼうとも、人が信じたいものだけを信じ、疑いたいものを疑う構図は変わらず、その他人事とは思えない愚かさが読む者をゾッとさせるのだろうか。
【プロフィール】
雫井脩介(しずくい・しゅうすけ)/1968年愛知県生まれ。専修大学文学部卒業後、出版社勤務等を経て、2000年に第4回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作『栄光一途』で作家デビュー。2005年『犯人に告ぐ』で第7回大藪春彦賞。同作は2004年の週刊文春ミステリーベスト10第1位にも選ばれ、その後シリーズ化。その他にも『火の粉』『クローズド・ノート』『ビター・ブラッド』『検察側の罪人』『仮面同窓会』『望み』『引き抜き屋』等、ベストセラー及び映像化作品多数。160cm、55kg、A型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2022年10月21日号