ソウルの繁華街・梨泰院で10月29日、前代未聞の群集事故が起きてしまった。死亡者は156人にのぼり、その原因はほとんどが「圧死」だった。
事故当日、現場となった梨泰院ではハロウィンイベントが開催されていた。渋滞学の第一人者で、群衆事故に詳しい東京大学先端科学技術研究センター教授の西成活裕さんは、事前準備の甘さを指摘する。
「今回の事故は、超過密状態の中で人の転倒が周囲に広がっていく『群衆雪崩』の典型的なパターン。ある一方向のみから力がかかって起きる将棋倒しよりもさらに複雑で深刻な状態です。
これまで100年分の群衆事故を研究してきましたが、今回は典型的な群衆雪崩のパターンです。その対策は計画段階が8割、現場でできることは2割といわれており、今回も現場の道を一方通行にするなど準備をしておけば防げたはず。残念でなりません」
現地からも警備には疑問の声が上がっている。
「今回に限らず、韓国の警備は全体的に手薄。夏に江南で大規模なK-POPのイベントがあったときも、現場にはほとんど警備員はいませんでした。よく梨泰院は六本木に例えられますが、どちらかというと神楽坂や下北沢のようなサイズ感で、同じように坂の多い土地。そこに東京ドーム2個分ほどの10万人が密集するのは明らかに危険な状態です」(在韓ジャーナリスト)
過去には日本でも、あらゆる場所で群衆事故が起きていた。中でも2001年に兵庫県明石市の花火会場付近で起きた「歩道橋事故」は子供や高齢者11人が死亡、247人が重軽傷という大きな犠牲を出し、そのことをきっかけに、詳細な対策マニュアルが作られるようになった。西成さんが説明する。
「例えば渋谷のハロウィンでは、群衆が1か所にとどまらないよう、注目を集めやすい音楽を大きな音で流す車はすぐに撤去するなどさまざまな工夫がされている。看板一枚でも場所によっては人の流れを滞留させるため、事前に外しておくこともある。数年前にテレビで注目された“DJポリス”のように、声かけの仕方にも配慮しています。
人が集まると自己中心の行動をとりやすくなり、トランス状態で周囲に左右されやすくもなる。祭りやイベントに集まった群衆を誘導するのは難しいのです」
日本では1954年の新年一般参賀において、皇居前に訪れた38万を超える人たちの間で群衆事故が起きた(二重橋事件)。
「警察が皇居の入門制限を行ったことで正門前にある正門石橋の細い道に群衆が密集して混乱状態になりました。後ろから来る人は前に進もうとしますが、警察が規制しているためそれ以上前に進めない。橋の上はみるみる密集度が高まっていき、規制用のロープが決壊して高齢女性が転倒したのをきっかけに、16人が亡くなりました。警察が群衆を制止させたことが悲劇の原因の1つになりました」(西成さん・以下同)