その当たり前がそうでなくなり、理性や均衡を欠いた隙間に魔は取り憑くのか。あの日以来、自宅のインターホンを度々鳴らす〈見えないお客さん〉や、亡父の幻影に怯える松永は、お札や除霊に大枚をはたき、経済的にも困窮してゆく。
「恐怖を逃れるのにお金を払うホラーって実は新しいし、僕としては暗く湿った日本のホラーのイメージを多様化し、因習の村とか地方以外の舞台も増やすべきかと。大都市の方が多く死者が出るんですから。そして今の社会に足りない養分があれば補い、受け手の心を健康値に戻す作業をしているかどうかに、怖いだけのホラーとそうでないホラーの違いはあると思う。
要はバランスです。行き過ぎた経済成長至上主義が社会の歪みや過労死を生んできたように、それ自体、僕はホラーだと思います」
それこそ筆名に冲と丁という対極を宿らせる作家は25周年の節目においてなお、火と水、生と死などのより建設的で幸福な調和を探る。
【プロフィール】
冲方丁(うぶかた・とう)/1977年岐阜県生まれ。4~14歳までをシンガポールやネパールで過ごす。早稲田大学第一文学部在学中の1996年、『黒い季節』で第1回スニーカー大賞金賞を受賞しデビュー。以来SFや歴史小説、アニメ原作など、幅広い分野で活躍し、2003年『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞。2010年『天地明察』で第31回吉川英治文学新人賞や第7回本屋大賞。2012年『光圀伝』で第3回山田風太郎賞など、受賞・著書共に多数。181cm、78kg、O型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2023年1月1・6日号